3人目 森下誠人(17歳)


『森下さん!居るんでしょ?森下さーん!』

『ピポンピンポンピンポンピポーン』

『ドンドンドン』

『お金返してくれませーん?』

『森下さん!森下!出てこいや!居るのは分かっとるんや

で!おい、森下ー!』


朝6時、住宅街の一軒の木造アパートの前で

柄の悪い中年男の野太い声が響き渡る。


チェーンをかけたまま、

誠人せいとがドアをゆっくり開ける。


『母なら居ませんよ。近所迷惑なんで帰ってもらえませんか?』


すると中年男は少し開いたドアの隙間に左足をはさみ

さっきまでとは別人のように静かにゆっくり話しかけてきた。


『居るやないの。お兄ちゃん。マザーおらんの?ほんま?ならフアーザーの連絡先しらん?教えてくれるとおじさんすっごい助かるんやけど』


そう言うと中年男はニターっとした笑顔を見せた。

金歯が眩しい。


誠人は呆れ顔で答える


『父の連絡先は知りません。知ってたらとっくに教えています。』


中年男はななめ下を向き片手で頭をポリポリかき始めた。


『ならお兄ちゃん。今いくらもってる?わしも手ぶらじゃー上司に怒られるんですわぁ。』


誠人は、玄関脇の小さい棚に置いていた自分の鞄の中にある財布から、2000円を取り出し、中年男に差し出した。


それを見て中年男は眉をひそめた。


中年男『何やこれっぽっちかいな!足りんわこんなんじゃ!桁が違うねん!桁がー!これっぽっちじゃ利息にもなりしまへん』


さらに声が大きくなる。


中年男『森下さん!あんたのところに2000万円貸しとるんですわ〜!まあ、借りたんはあんたのフアーザーなんやけどな。マザーが連帯保証人ちゅーもんになってて、そのマザーが居らへんちゅうことは、お兄ちゃん!あんたが払うしかないなー。なー。ちがうか?そやろ。』


誠人は冷静に答えた。


誠人『そんな事言われても、今はこれしかありません。』


中年男『もうええわ。今日のところはこれ貰っとくわ。来週までに30万用意しといてやー。て、マザーにも伝えといてやー。』


そう言うと中年男は後ろに振り返り手のひらを顔の横らへんまで上げ手を振って去っていった。


誠人は何事もなかったように、ドアを締め鍵をかけてリビングに向かった。

リビングには、パジャマ姿にカーディガを羽織った母親のエツコが、腕組みをして立っている


エツコ『あなたにばかり嫌な思いをさせてごめんね。』


エツコの目にはうっすらと涙がにじんでいる。


誠人『僕なら大丈夫だよ。あんなおっさん別に怖くない。』


誠人は言葉の暴力には慣れていたから、本当にあの中年男のことを怖いとは思わなかったし、むしろ哀れな大人だと思い心のなかで笑っていた。


エツコには秘密にしているが、エツコが誠人の父親と離婚した時期、小2だった誠人はクラスメイト数人からイジメにあっていた。可愛い顔をしていて女子には人気があったので、きっと嫉妬されていたのだろう。

学校では毎日どつかれ、私物を壊されたり隠されたりもした。遊ぼうと誘われるたびにお金を要求された。

小遣いが無くなると、本屋やおもちゃ屋で万引きをしてわ、それを転売してお金を作ってやり過ごしていた。


中学に上がってもイジメは終わらなかった。

そして誠人は考え、自分を守るために3年生の不良グループとつるむようになった。

お金を巻き上げられるのは変わらないが、ただ取られるのではない。自分の身を守るために使っている。そう思うと、お金を渡すことが苦じゃなく感じた。


不良グループと過ごした3年間で先輩たちから学んだ経験を活かし、今ではクラスメイト数人を奴隷のように扱っている。今の誠人にとって一週間のうちに30万を用意するのは容易いことだった。


誠人『目が覚めちゃったからもう学校に行くよ。今日英語のテストがあるからその前に復習しておきたいしさ。』

エツコ『…そう。頑張ってきてね。』


誠人は着替えを済ませると、すぐに家を出た。


学校へは自宅の最寄り駅まで18分。

最寄り駅から、電車を2本乗り継いで

片道1時間弱もかかかる。


ちょうど最寄り駅についたころ、

雨が降り始めた。

少しお腹が空いていたが、朝食を取らないできて正解だった。

誠人は駅に入り、定期券で改札を通り階段を降りてホームの1番はじで電車を待っていると、どこからか一匹の猫が迷い込んで線路を歩いて来ている。


誠人がその猫を心配そうにみていると、猫の背後から電車が近づいてくるのが見えた。

運転手は猫に気づいていないのか、電車はブレーキをかける様子はない。


とっさに誠人は緊急停止ボタンを押した。

だが、もう間に合わない。と、思った瞬間。

一瞬猫が消えたように見えた。

パラパラ漫画の一コマがなくなったみたいに、ほんの一瞬だった。

猫はいつの間にか線路の外にでていた。

猫は一度線路の方をちらっと見るとトコトコ歩いて駅の外に歩いていった。


誠人が驚きを隠せないでホームに立ち尽くしていると、向いのホームに誠人と同じように驚いた顔で立っている全身黒い服装の女性が立っていた。


誠人の視線に気付き、女性は誠人にジェスチャーを送りながら何が話しかけてきている。

おそらく、いまの現象についてだろう。

猫がいたあたりを何度も指差している。


しばらくして電車が到着した。

誠人は電車に乗り、電車の窓から向いのホームにいる女性に会釈をした。

ドアが閉まり電車が動き出した。


女性も誠人に会釈をし、誠人が見えなくなるまで手を振っていた。

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