第4話 陸上部のエース
陸上部の練習を見ていると教室では目立たないのがたまに有能な選手はよくいる。
近藤という女子生徒は長距離を走らせたら何周でも走る。
近藤は高二だが、次期キャプテンに選ばれるだろう。
自主性をモットーにするこの高校では部員に次期キャプテンを決めさせる。ということで私がするのはサポートメンバーと共に白線を引き、出欠確認をするくらいだ。
だが、この近藤。悪いところを挙げるとすればかなりのアホである。
この学校に高校時代の無知がいるが、天然は見たことは無かった。近藤はその手のモンスターだった。
イケメンの男子にハントされそうになったが「今日はシチューなので帰ります」と、言ってのけたそうだ。週末なんだけどと言われると「週末は寝ます休養日なので」と、惨敗して悲しむ生徒をみてきた。
本人はクラスで平然としている。そこが可愛いと挑む男たちは惨敗するが、ここが賢いのかアホなのか判断に困るのは女子生徒の約束はまだ守る方である。
自制しろ。私、大会用の競技服で見える鎖骨や伸びる筋肉が細い足。見とれてしまうな私、後輩からの攻撃をかわしてきたこの薬丸。
こんなところでくじけるわけにはいかない。
どこに惚れましたか? そう問われたら、まずは一生懸命なところと答えるだろう。
男だと捕まっているシーンもある。着替えのシーンや片付けの時の肉体的接触。少し柔らかい身体、官能的な首筋、まだ発展途上の胸元、しまりのない無邪気な笑顔。国語科の後輩みたいな大人になることを想像するだけで気持ちが参ってしまう。
「先生」
少し考えすぎたようだ。
「昼から雨みたいで」
夏の空、入道雲がよく立っている。確かに一雨きそうだ。しっかりしている近藤、濡れた髪はどれくらいエロくなるのか試したくもなるが、他の部員を考えるとすぐに中でトレーニングさせた方がいいかもしれない。昼休憩からミーティングやって十四時には解散しようということになった。
これは様々な方向から成功した。十二時半から降り出した雨はしだいに豪雨となった。試しにと少し下の正門に行った先生がくるぶしまで水が来ていると言っていた。大人でくるぶしなら子どもによっては膝下くらいまであるかもしれない。
「親御さんに連絡しましょう。近い子は同乗させてもらって」
結局、二年の近藤と一年の坂口だけ残った。二人を同乗させて坂口は早々に降ろした。
「なんだかデートみたいですね」
「初めてが私でごめんな」
チクりと痛んだ胸はこの学校という空間の勘違いで気の迷いだ。
「私、先生に憧れているので良かったです」
「憧れ?」
「他の先生はなんだかもう人間じゃないみたい」
諦めと呆れなのだ。生徒に対して、生徒のレベルに対してのそれだ。
私や国語科の後輩は今年この学校に来たので、洗礼はまだ受けていない。もう少しでそんな顔になるかもしれない。
「それは言い過ぎだし、失礼だ」
デコピンをした。
「先生、痛いです。でも私先生のまっすぐに伸びた背中好きだな」
「ありがとうな」
「いつまでもその背中でいてください」
先生なのに生徒に諭されている。
「近藤はいい人生を送れるといいな」
「いい人生?」
「嫌な時は嫌って言わないと人を傷つけてしまう。だからそんな大人にはなるな」
「先生みたい」
「先生だからな」
「先生は好きな人いないんですか」
「あの教職員陣は無いな」
「えー、嘘だ。ちょっとはカッコいい人いるもん」
「他の先生に人間じゃないって言ったくせに」
「あれは先生と比べて他の先生が落ちているだけで」
「分かった分かった」
「分かってない。私も先生みたいになる」
「またまた」
「でもこれからもっと大人になって、すごいカッコいい男の子と付き合って車の横に乗せてもらえる機会があっても私は先生とのドライブを思い出します」
高校生もしっかり大人だよな。
「初めてだから」
伏せた顔を見ないことが私は大人なのだ。
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