第3話 田中 美吉

 突然スナック『あけみ』のママから電話が掛かって来た。


美吉みよしさん助けて~ひどいの~」


切迫した様子だ。


「どうしたの、何が酷いの」


「吉郎さんのエロの暴走が酷いの」


「吉郎が・・・・・」


 何のことだろう。


「吉郎さんがパンティを被って暴走してるのよ。早く止めさせて~」


「分った」




 私は『あけみ』へ急いだ。『あけみ』に近づくと外にまで喧噪が漏れ出ている。


“バタン”とドアを勢いよく開けると、吉郎がパンティを被って踊っていた。


「吉郎おおおぉぉぉ~」


 吉郎は、ハトが豆鉄砲をくらったように目を見開き、動きを止めた。総ての動きが止まって、カラオケだけが“シャカシャカ”鳴っている。私は吉郎の頭を”ビシ、バシ、ビシッ“と叩き、「ごめんね」とママに一万円を渡すと吉郎を外へ引き摺り出した。


「帰って、こってり絞ってやる」


 憤懣やるかたない私の後を、吉郎はトボトボと付いてきた。家が見え、フト後ろを振り返ると吉郎が居ない。「野郎、逃げやがった」後を追う気も無くなり、家へ帰ると夫の甲子男かしおが台所で心配して待っていた。


「どうしたんだい。あれ、何持ってんの」


 甲子男は私の手にあった赤いヒラヒラをひったくった。


「やや、これはすごい。う~ん、ふふふふ・・・・・いいな~」


「そんなの、どこがいいのよ」


「どこって、色っぽいじゃあないか。母さんのかい」


「まっ、バカいいなさい。そんなイヤらしいもの私は穿きません」


甲子男はしげしげと透かして見たり、引っ張ったりしてから、それを頭に被ろうとした。


「そんな物被るんじゃねえー!」


 大声を出すと、甲子男がびっくりしてパンティを取り落とし、吉乃まで「何事?」と二階から降りて来た。


「あれ・・・・・何それ、あっ、いつの間にそんな物が・・・・・。あ~お父さん、イヤらしい」


「いや、これは母さんが・・・・・」


「まっ、そんな物、私の物じゃありません」


「じゃあ、誰の・・・・・」


「それは~、ミオちゃんのママの物かも・・・・・」


「ミオちゃんのママのかあ~」


「たぶん」


「何だい、はっきりしないのかい」


「そんなこと、どうでもいいでしょう」


「いや、これはちゃんと持ち主に返さなければ」


「えっ、返すの」


「え~、そんなことしなくても」」


「そうだ、タロに持ち主をさがして貰おう」


「え~」


 甲子男はそう決めつけると、眠っているタロを起こした。タロは眠っているところを起こされ迷惑そうだったが、パンティを近づけるとがぜん熱心に匂いを嗅ぎだした。まったく、そんな熱心にならなくともと思うのだが・・・・・。タロはパクっとパンティをくわえると、夜の闇に走り出した。


「さすが、名犬タロだ」


 甲子男がその後を追っていった。しばらくすると、甲子男だけが帰って来た。


「見失った」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る