第2話 田中 吉郎


 正太郎がベソをかきながら入って来た。


「どうした、正太郎。また姉さんに怒られたか」


「うん、お母ちゃんにも怒られた」


「そうか~」


 見ると手にビニールの刀を持ち、頭に赤い物を乗せている。手に取ってよく見ると、赤いスケスケだ。伸縮性があって、フチにヒラヒラのフリルが付いたパンティだ。これが、母と姉の逆鱗げきりんの正体らしい。


「正太郎、これは何だね」


「パンツ」


「パンツはどこに穿く物だにゃ」


「ここ、またに穿く」


「そうじゃろうが~、またに穿く物で頭に被かぶる物じゃない。もし上着を足に穿いて、ズボンを上に着てキ○○マむき出しの男が追いかけて来たらどうだ。怖いだろう」


正太郎は、しばし上の方を見ていた。想像力が追いついたのか、ブルっと身震いすると


「うん、怖い」と言った。


「そうじゃろう。怖いだろう。ズボンを服のように着て、服をズボンのように穿く奴はバカだ。バカは何をするか分からん。だから、バカは怖いんじゃ。パンツを頭にかぶるのもバカじゃ」


「でもミオちゃんが・・・・・」


「ミオちゃんはふざけて乗せたんだよ。でも、そんな事をしてると本当にバカになってしまうんだ。だから、母さんや姉さんに叱られたんだよ。分ったかな」


「うん、分った」


「分かったら、帰って母さんや姉さんに謝るんだ」


「うん」


 正太郎は、すごすごと帰って行った。




「くもりガラスを手で拭いて、あなた明日が見えますか。愛しても愛しても、あああ~ああ他人ひとの妻~」


 ここでワシは赤いヒラヒラを取り出した。引っ張って伸ばして見せる。『何だ?』と注目が集まり、ざわざあと私語が波のように広がって行った。


「イヤらしい物、持ってるな~」


「何を持っているんじゃ」


「何処で拾ってきた~」


「誰に貰ったのだ~」


パンティを頭に被ると、スナック『あけみ』は騒然となった。


「きゃ~吉郎さんすけべ~」


「いいぞ~エロ男~」


「イヤらしい~ヘンタイよ~」


「止やめて~下らない事は止めて~」


「・・・・赤く咲いても冬の花~咲いて~さびしい~」


間奏に入ると、伊佐雄いさおが乱入してきた。私の頭の上のパンティを奪うと、匂いを嗅ぎ天井を向いて恍惚としている。


「伊佐ちゃん、ずるいぞ~」


「パンツ仮面、赤いパンティ似合ってるぞ~」


『あけみ』が、俄然盛り上がって来た。


「ぬいた指輪の罪のあと~噛んで下さい思い切り~燃えたって、燃えた~あってあ~ああ他人の妻・・・・・」


「抜いたり入れたり~すけべ~」


「噛んで~痛くしないでえ~」


「何言ってんのよ~止めなさい」


『あけみ』のボルテージは盛り上がる一方だ。吉郎の歌が終わると馬方うまかたが乱入、替え歌を披露しはじめた。


「ここで麻衣子とやれたらいいと~袖を引っ張り夢の城~」


「エロいぞ~」


「・・・・おくヒダ一人旅~」


「万里子のビラビラはすごいんだぞ~」


「ドツボにハマった大変なんだぞ~」


「止めて~『あけみ』の評判が壊れちゃう~」


ママの悲鳴もかき消されて騒然としてきた。



と、“バタン”と扉が勢いよく開き


「吉郎おおおぉぉぉ~」と甲高い声が店内に響き渡った。


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