君をおいて世界は廻る、僕は遅れて走り出す。
藤倉(NORA介)
❶ 世界はそれでも廻り続ける。
小さい頃は夢を持ったり、持たなかったりするのが当たり前で…特に目標なんかに悩む必要も無かっただろう。
でも少しずつ大人に近付くにつれて、最初は夢や目標だけ考えれば良かったものが、そこに辿り着く為の進路や目標を決めなきゃいけなる。
…才能や適正とか、強要されない事でも考える事が増えて人生も人間関係も…どんどん面倒になっていく。
『自分自身が何をしたいのか?…』
そんなの自分が知りたい。『夢や目標を持つのは、そんなに簡単な事じゃない。』
何をしても自分が上手いくというビジョンが浮かばない、加えて自分に普通の仕事が熟せるとも思えない。
だからこそ僕は、目の前に置かれた進路希望調査用紙には家から一番近い大学、就きたい職業の欄は昼休みになっても未だに空白のままだった。
外からは雨の音、周りからは皆んなの下世話な噂話、どうでも良い会話、聞いて不快になるよう言葉の音まで僕の耳は拾ってしまう。吐き気がする…素直にそう思った。
そんな言葉達から覆い隠す様に自分の耳に
この瞬間、僕の色褪せた世界が彩られていく、まるで筆洗バケツの水に絵の具を垂らしたかのように色が広がっていく。
こうして鼓膜が曲に酔っている間は、自分の胸に這う虚しさから解放される気がする。
僕は身体の中で反響する音楽を聴きながら、面倒になった進路調査用紙を机の中に雑に突っ込んだ。
そんな僕の右肩をトントン誰かが叩く、僕はさっき掛けたばかりの音楽を一度止めて、右耳からイヤホン引っこ抜いた。
「よっ望、昼飯も食べずにイヤホン付けて、今日は何聴いてんだ?」
僕に声を掛けてきたのは
「…STARSURPRISE!ってバンドのSwallow can flyって曲」
「えっと…空を飛べると、
「Swallowには燕以外にもスラング的な意味で、信じる…って意味があるんだ」
「つまり、空を飛べると信じる…って意味になる訳か…何か良いな!」
「まぁ機会があったら…──」
…と言い掛けて、それを飲み込んだ。他人に期待する、それがとても愚かで理不尽だと知っているからだ。
「俺も聴いてみよっかな?聴いたら感想言うな!」
「別に聴いてもらわなくても良いけどさ、まぁ期待せずに待ってるよ…」
こうして他人と話をしていると、僕の精神に残った捻くれ根性はそう簡単には治らないなぁ…と思ってしまう。
「ねぇねぇ!ハルル達は何の話してるん?」
そんな話をしていると、そこにクラスメイトの塩瀬も話に混ざって来る。
「曲の話、塩瀬も知ってるか?STARSURPRISE!ってバンド」
「知ってるよ!私、そのバンドのファンだからさ!この前の新曲の…──」
正直、今でも学校に行ったり授業を受けるのは
◇◇◆
「
いや、まぁ思い付かなくて早く帰りたいから適当に書いたんだけど…すぐに決めつけるのは教師としてどうなのか。
放課後、僕はサボっていた進路調査用紙を書き終え、担任の
「音大じゃなく、こっから近い大学を選んでバンドマン?お前、ギター
「まぁ、ほら今から練習を……」
「ロックを
えっ怖い…何かロックに思い入れでもあるの?地雷踏んだ?…──現在、松井先生からのお叱りを受けていた。
「まぁ私が昔受け持った奴みたいに、一生働かずに暮らしたいとか書かないだけマシか…」
「そんなことを書く輩が居るんですか?…あっ、良いな僕もそうしよ……」
「嘗めたこと言ってると書き直させるぞ…まぁ今回はこれで許してやる。もうすぐ下校時刻なんだから早く帰れ」
結局、進路調査用紙に書く事は思い付かず適当に…僕は松井先生との話を終え、職員室を後にした。
しかし、良かった…もし書き直しだと言われたら帰る気満々で持ってきた学生鞄を教室持ち帰らなきゃならんとこだった。
学生鞄を肩に掛ける様に持ち、そのまま下駄箱に向かうと、校舎がオレンジ色に染められていた。
そこには雨上がりの夕焼けに照らされた先客の少女がいた。当然、会った事は無い…が、ついその神秘的に見えるその状況に意識を奪われてしまう。
「ん?…えっと、私の顔に何か付いてる?」
どうやら無意識に彼女の横顔を眺めていた様だった。不意に声を掛けられて、お世話にもコミュニケーション能力が高い方では無い僕は、何を話して良いのか分からなくなってしまう。
「あっ、私?…私はね、かぐや姫なんだ」
そこから畳み掛ける様に意味不明な発言をした彼女に、僕は「は?…」と思わず言葉を漏らす。
「えっと、どうしたの?…もしも〜し?」
固まる僕の目元で自称:月の姫が手を振る。何なんだコイツ…まさか厨二病って奴か?まさか竹取物語のかぐや姫のなりきり?激レアにも程がある。
いや、普通なら馬鹿らしいと相手にしなくても良かった…だが、不思議な少女と神秘的な雨上がりの夕焼けの雰囲気に当てられてか、僕は言葉を紡いでしまっていた。
「えっと、その月のお姫様が地球になんの御用だ?…地球侵略とかか?」
「それは宇宙人…私は、とても許されない罪を犯した…──だから月から追放されたんだ」
かぐや姫(自称)は
「それで、地球に?…故郷に帰りたいとか無いのか?」
「多分、これで良かったんだよ…──」
そう言って走り出した彼女は、生徒玄関の前でくるりと回って笑顔で言う。
「後悔はしてるけど、案外、今の地球での暮らし気に入ってるんだっ!」
そう言って彼女は、髪をなびかせて夕焼けの中に消えて行く。まるで嵐が去ったかのように周りが不思議と静まり返る。
本当にかぐや姫と話してたんじゃないか…さっきまでの出来事が幻だったのかと思う程……ただ、夕焼けの中で僕は立ち尽くす。
「何だったんだ?あの子…うちの制服じゃなかったけど…」
もう多分、バレー部や陸上部も準備を終えて帰ってしまったのだろう。いつもなら聴こえる部活終わりの学生達の
翌日の学校は、いつも通りだった。当然だ、変な女に会った…ただそれだけだ。
人生、そう簡単に何かが変わるなんてある訳ない。それこそアニメの見過ぎか厨二病だ。だいたい僕は彼女の本当の名前すら知らないし…
「おはよう、ノゾミー!」
「おはよう塩瀬、いつもテンション高いね?」
誰にでも気さくな塩瀬に挨拶を返し、仲はそこまで良い訳じゃないので、そのまま自分の席に向かおうとする。
「ノゾミー!今日って転校生が来るんだってよ!楽しみ〜!」
「そうなの?へぇ、そりゃ楽しみだな…」
呼び止めて来た塩瀬さんに心にも無い事を言って席に向かう。転校生なんて、ぶっちゃけどうでも良い…
他の連中は女の子が良いとか、イケメンだったら良いなぁ…とか話しているが、僕は興味すらなかった。僕はそんなに人間が好きでは無い……
「お前ら席に着け、ホームルームを始めるぞ」
松井先生が教室に入って来た瞬間、皆んなが慌てて自分の席に戻って来る。窓際の僕の席の一つ横、高科の居ない席の二つ先の最前列に遥斗も戻って来る。
少なくとも僕は、自分のクラスに転校生が来た事が無いので、いつ転校生が紹介されるか分からないが…松井先生は出席確認が終わった後に口を開いた。
「今日は転校生を紹介する、入って来てくれ輝谷」
どうやら転校生は輝谷というらしい。そして扉が開いて一人の少女が入って来る。
僕は登校時から片耳に着けていたイヤホンの音楽に耳を傾けていたのだが…つい、その少女の姿に目を奪われた。
「どうも
その転校生は昨日の放課後、逢魔が時に出会った変な少女だった。
「地球の皆さん、よろしくお願いします!」
『①それでも世界は廻り続ける。』
君をおいて世界は廻る、僕は遅れて走り出す。 藤倉(NORA介) @norasuke0302
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