第7話 側妃になりたくなかったので、奮闘しました。

 目覚めると、白と金を基調にした見覚えのある部屋のベッドで寝ていた。聖女として召還された直後、王宮に与えられた豪華なベッドルームだ。二度と足を踏み入れることはないと思っていたのに。

「目を覚ましたか」

 天蓋付きのベッドの前、絵本から飛びだしたような王子様が立っていた。こんな時でも無駄に顔面偏差値だけは高い。

「アルベルト殿下?」

 大魔法師様が動いたと聞いて隠し部屋に避難したのに渋い紅茶を飲んで全員アウト、と私は瞬時に思いだした。

 私は痛む頭を押さえつつ、ベッドで上体を起こす。

「よくも謀ってくれた」

 アルベルト殿下に冷たい目で見下ろされ、私は怒りを鎮めながら聞き返した。

「これはいったいどういうことですか?」

「兄上の奇跡を見た。何故、今まで隠していた」

 アルベルト殿下はだいぶ異母兄の奇跡に苛立っている。母親は違っても弟なんだから、もっと喜んでもいいんじゃない?

「隠していたわけじゃありません」

「兄上から覚醒のきっかけが破瓜だと聞いた」

 アルベルト殿下に憎々しげに言われ、私は羞恥心でいっぱいになった。結婚しているし、恥ずかしがるほうがおかしいかもしれないけど恥ずかしい。要は免疫がないってこと。

「その一度だけです」

「兄上もそのように言っていたがもう騙されぬ。奇跡を見せろ」

「無理です」

「聖女ならば聖女らしく役目を果たせ」

 アルベルト殿下の背後には右腕を失った元第一騎士団長のヨハネスや隻眼の元帥、闘病中の元外務官、神経痛で悩んでいる宰相がいる。以前、私に聖女の奇跡を求めてきた人たち。

 全員、目がぎらついている。

 まさか、違うよね?

「無理だと言っているでしょう。その初めて、その一度だけです」

 私が声を張り上げると、アルベルト殿下が手を軽く振り、リビングルームに続くドアが開いた。ライナルトが失神したエルケを抱いて入ってくる。

「……ライナルト?」

 呆然としているのは私だけ。

 アロイジウス殿下にあんなに信用されていたのに?

 ……さっき、一緒に紅茶を飲んで眠らされたはず……あ、飲まないで寝たふりをしていた?

 隠し部屋に隠れるように言いだしたのもライナルトだ。

 ライナルトが裏切った?

 信じていた人が裏切るって本当だったんだ。

「王国の光り輝く星に申し上げます。聖女様は破瓜で奇跡を起こした後、三日間お目覚めにならず、アロイジウス殿下と枕をともにした事実はございません」

 ライナルトが事務的な口調で告げると、アルベルト殿下は不快そうに眉を顰めた。

「つまり、兄上の報告は真っ赤な嘘」

 初夜の後、二度目も三度目もない。

「左様でございます」

「兄上にも困ったものだ。そう思わぬか?」

「御意」

「ライナルト、そなたの働きに満足している。褒美を取らせるから楽しみにしていていろ」

 アルベルト殿下とライナルトのやりとりを目の当たりにして、アロイジウス殿下の三年前の内乱制圧失敗が浮かぶ。ディルクの悔しそうな顔も言葉も過ぎった。

「……ライナルトの裏切り……もしかして三年前から裏切っていた? アロイジウス殿下がわざと失敗するように情報を敵に流して、負けさせたの?」

「言いがかりは止さぬか。あれは兄上の采配ミス」

 アルベルト殿下は吐き捨てるように言いきった。

 けれど、ライナルトや宰相、元第一騎士団長のヨハネスたちの表情でわかった。

「……アルベルト殿下は知らないだけ。宰相やライナルトたちが謀ったようです……アルベルト殿下のお母様は宰相の娘……外戚ですよね……」

 これ、聞かなくてもわかる。

 三年前のアロイジウス殿下の敗走はアルベルト殿下側に仕組まれた罠だ。知らなかったのは、アロイジウス殿下の代わりに王冠を被らせたかったアルベルト殿下のみ。……うん、裏を知らないからアルベルト殿下はここまで俺サマなんだ。

「戯れ言はそれまで。聖女としての努めを果たせ」

「私はアロイジウス殿下の妻です」

「兄上の希望で離婚した」

 私は天蓋付きのベッドから下り、荒い語気で言い放った。

「そんな嘘に騙されません」

 アロイジウス殿下とアルベルト殿下、どちらが信頼に値する? 悩む間もなく、私は優しい手つきでエスコートしてくれた夫を選ぶ。

「我に逆らうな」

「いくら王太子殿下でも勝手すぎます」

 私がベッドの下にあった靴を履いて、力んだ瞬間、それまで無言だった宰相が初めて口を挟んだ。

「聖女様、侍女がどうなってもよいのですかな?」

 宰相の指した先には、目を閉じたエルケの首筋に剣をあてるライナルトがいた。ヨハネスや隻眼の元帥も剣を抜く。

「……エルケ?」

 呼びかけても、エルケの目は開かない。

「聖女様は侍女を可愛がっているとお聞きしました。このままでしたら、聖女様の罪を償わせるとになります」

 宰相が静かに脅迫した後、アルベルト殿下に高飛車な目で命令された。

「我に逆らうな」

 ブチリ、と私の中で何かが勢いよくブチ切れた。

「それでも次期国王ですかっ」

 シュッ、と無意識のうちに掴んだ枕を投げていた。

 アルベルト殿下は激昂しながらも枕を避けた。

「……そ、そなたそなたがそれを言うかっ」

「アロイジウス殿下のほうが人を思って、ご立派です。国王に相応しい」

「そなた、兄上のために今まで力を隠していたのか……許さぬ」

 アルベルト殿下に凄まじい力で抱き上げられ、天蓋付きのベッドに乱暴に投げこまれた。

「……やっ」

「そなたは我の側妃である。ヨハネスを元の身体にしたら許す」

 アルベルト殿下が顎を決った先には右腕を失った元第一騎士団長がいた。獰猛な目つきで私に近づく。

「無理です。私の力は一度だけっ」

 もう誰も私の言葉に耳を傾けてくれない。

「ヨハネス、側妃をしばし与える。我の前で奇跡を賜れ」

 アルベルト殿下の命に、ヨハネスは恭しくお辞儀をした。

「御意」

 ギシッ、というベッドが軋む音とともにヨハネスが私にのしかかる。……や、間一髪、私は身体を捻って逃げた。

「……な、何をするの?」

「聖女様、私も奇跡を賜りたく」

 ヨハネスが何をしようとしているのか、わかりたくないのにわかる。……げ、腕を掴まれた。巨体が覆い被さってきた。……重い。

「無理ですっ」

 私が噛みつくと、アルベルト殿下の声が飛んできた。

「逆らうでない。我の前で奇跡を見せろ。ヨハンの腕を蘇らせねば許さぬ」

 天蓋付きのベッドの前、アルベルト殿下を中心に宰相や隻眼の元帥たちが食い入るような目つきで、ヨハネスに押し倒された私を見つめている。悪趣味なんてものじゃない。それでもやんごとなき方々? 

 ゲスの極み。

 渾身の力をこめ、ヨハネスの巨体を蹴り飛ばそうとした。

「……こ、このクソ野郎ーっ」

 ……あ、あれ?

 どうして、目の前に私? 

 ……って、私の身体に私が乗っている? 

 ……え? 

 ……私が私じゃない……これは私の手じゃないし、私の手首じゃないし……あ、私の右腕がない?

 この身体はヨハネス?

「ヨハネス、いかがした?」

 アルベルト殿下がヨハネスの顔を心配そうに覗いた。……うん、私を心配そうに覗いている。

「…………っ」

 まさか、私とヨハネスの身体が入れ替わった?

 もしかして、これも聖女とやらの奇跡?

 こんな奇跡、どうするの?

 マジ使えない。

「ヨハネス、早く奇跡を賜れ」

 ピタリと止まった私をアルベルト殿下が急かす。

「……無理」

 私の声は太く低い元第一騎士団長の声。

「ヨハネスの望みであったのに」

「……席を外してください」

「我は奇跡の場を見たい」

 次期君主はまるで舞台観劇に望むような感じ。

「……うぅ」

「ヨハネスも兄上を見たであろう? よくそんな女を抱けた。兄上にできたのだからそなたにもできる」

 最低クソ野郎、ボコボコにしたい。

 この筋肉が盛り上がっている腕なら破壊力あるよね。

 私が左腕に力をこめた時、宰相がのっそりと近づいてきた。

「ヨハネスができぬなら、わしが先に聖女の奇跡を賜る」

 宰相は意識を失っている私の身体をまじまじと眺めた。手を握ろうとするから、私は容赦なく撥ねつける。

「気絶しています」

「ちょうどよい」

「気絶していたら奇跡は無理だと思います」

「ヨハネス、いかがした?」

 宰相に胡乱な目を向けられ、私の背筋が凍りつく。もしかして、中身が入れ替わったことがバレた? バレたら確実に詰む。

 誤魔化さないといけない。

「……その……お待ちください」

「……そなた、誰ぞ?」

 ……ヤバい。

 バレた?

 私が自分の身体を守るように抱き締めた瞬間、扉がけたたましい音を立てて開いた。ガラガラガラガッシャーン、という耳障りな破壊音も続く。

「アルベルト、我が妻を返してもらおう」

 白い煙の中、アロイジウス殿下が現われ、空気が一変した。

 ぶわっ、と私の目から大粒の涙が溢れた。……つまり、ヨハネスの目が潤んだ。ズキズキズキ、と心臓もおかしい。マジ狭心症。

「兄上は離婚されました」

 アルベルト殿下は少しも狼狽えず、悠然とした態度で切り返す。宰相や隻眼の元帥たちは身構えた。ライナルトはエルケの身体を長椅子に置き、私の身体に駆けよる。

「我は妻と離婚していない。離婚する気もない」

 アロイジウス殿下は髪と同じ明るい金色のオーラを漲らせた。右手には黄金の剣、左手には黄金の炎が現われる。王国では珍しい魔力持ちだ。

「聖女は国のもの。兄上の所有物ではありません」

 アルベルト殿下は反抗的な目で距離を縮めた。両親や親戚同様、魔力は持っていない。それでも、魔力保持の異母兄に引かない。

 これ、異母兄は自分に攻撃しないとナめている?

「聖女を外国に渡さぬため、王族が娶って保護する。そのため、我が聖女を娶った。白い結婚でもない。リナ嬢は我の子を宿したかもしれぬ」

「兄上、王位に未練がありますか」

 弟が煽るように言うと、兄は表情を変えずに即答した。

「未練はない」

「ならば、離婚してください」

「王位に未練はないが、妻と離婚する気はない」

「王位に未練がないなら、聖女は無用のはず」

 アルベルト殿下にとって聖女は玉座を飾るアクセサリーだ。最初から聖女が心を持つ人間だと思っていない。

「聖女ではなく、リナが我には必要だ」

 アロイジウス殿下が真剣な顔で言った瞬間、私の心臓に矢が突き刺さった。……うん、そんな感じ。

 殿下、こんなところで何を言っているの?

 嘘でしょう?

 あんなキラキラ王子様が?

「兄上、まさか、そんな醜女をお気に召したのか?」

 アルベルト殿下が馬鹿にしたように聞くと、アロイジウス殿下は堂々と言い放った。

「愛している」

 私の心臓が止まった。心肺停止。不条理に満ちた人生だった。モテない人生だったけど、最期で愛の言葉を聞いた。

『お前はゴミだ。ゴミはゴミらしくしていろ。下手な夢は持つな』

 父の呪縛が消えた。

『あんたみたいな子、誰にも愛されないわ。私たち家族以外、誰が一緒にいてくれると思う?』

 母の呪縛が消えた。

『私の妹とは思えないけど妹なのよね。姉だから教えてあげる。学校中の男子があんたを嫌っているわ。私が姉だからボコられないのよ。感謝してね』

 姉の呪縛も消えた。

 もう、いつ死んでもいい。

 ……や、こんな身体で死にたくない。

 私は正気に戻り、自分の身体を見下ろした。

「……は? ……兄上らしくもない戯れ言を……」

 アルベルト殿下は豆鉄砲を喰った鳩みたいな顔だ。周りの宰相や隻眼の元帥たちも驚いている。

「リナ嬢は闇の海に落ちた一筋の光りだ。放さぬ」

 アロイジウス殿下はこれ以上ないという真摯な目で睨み据える。背後のメルヒオールも軽く頷いた。

「アロイジウス殿下、国のため、聖女殿の返却を希望します。このままでは国が真っ二つに割れますぞ」

 宰相が足早に近づき、アロイジウス殿下の前で恭しくお辞儀をする。廃太子に対し、いつも態度だけは丁寧だ。

「宰相、我と妻はこれからも離宮でひっそり暮らそう。なんなら、辺境伯として国境を守る」

「聖女殿を妻にした奇跡のアロイジウス殿下が脅威です。国のため、聖女様は引き取らせていただきますぞ」

 宰相にしてみれば、麗しいアロイジウス殿下は目の上のたんこぶ。聖女がついていたらなおさら。

「国を二つにしても返さぬ」

「……なんと、愚かな」

「まさか、我の妻の身体を汚すつもりか?」

 アロイジウス殿下が私の身体に手を伸ばした瞬間、ライナルトの剣に阻まれた。

「アロイジウス殿下、お許しください」

 ライナルトは私の身体に剣先を向け、アロイジウス殿下に真っ赤な目で謝罪する。悲愴感が凄まじい。

「ライナルト、我はそなたを信じていた」

「申し訳ございません」

「ヨハネス、そなたのことも信じ、尊敬していた」

 アロイジウス殿下は哀愁を漲らせ、元第一騎士団長、つまり私を凄まじい目で睨み据える。

 ……怖い。

 ……え? 

 ……え、えぇ、アルベルト殿下を選ぶしかない……父が作った借金を肩代わりしてくれた宰相に逆らえない……宰相の命令通り、手下を増やさなければならない? 

 ……これ、私の感情じゃない……あ、妙な場面が見える……王宮庭園の一角、ライナルトの肩を抱いて、ひそひそ話をしているのはヨハネスだ。……今より若いライナルトと右腕のあるヨハネス。この時は第一騎士団長。

『ライナルト、何を迷うことがある? 兄の不始末で失った名誉を取り戻せ』

『第一騎士団長、アロイジウス殿下を裏切ることになる。……できません』

『王妃様も宰相も悪いようにはしないと仰せだ。俺もゆくゆくは元帥に取り立ててくださると確約された』

『……うぅ……しかし、アロイジウス殿下にはなんの非もありません。我らにとっても自慢の王子……』

『母上の薬代が必要なのだろう。妹を娼婦にするつもりか?』

 ……これ、アロイジウス殿下の無敗記録が終わった三年前の内乱討伐の直前だ。ヨハネスの記憶?

 第一騎士団長が王妃様と宰相の手駒で、ライナルトをそそのかして、アロイジウス殿下を裏切らせた。極秘作戦を敵にバラして、アロイジウス殿下を戦死させようとしたんだ。……けど、アロイジウス殿下は半死半生ながらも助かった。

『アロイジウス殿下、お気を確かにーっ。援軍が到着しましたーっ』

『第一騎士団長が率いる第一騎士団です』

 結局、内乱討伐の援軍を率いたヨハネスは右腕を失って、元帥どころか騎士団長の座も諦めるしかなかった。

 私から見たら自業自得。

 なのに、アルベルト殿下を焚きつけて聖女召還?

 私が呆れ果てていると、過去の場面がいきなり消えた。目の前では宰相がアロイジウス殿下を脅している。

「アロイジウス殿下、せっかく聖女殿の奇跡を賜ったのです。お命、大切になさいませ」

「宰相、我の心は変わらない。妻を手放してまで生きたいとは思わぬ」

「アロイジウス殿下、ご乱心、であえーっ」

 宰相の号令により、近衛騎士たちが雪崩のように入室してきた。予め、予測していたような気がする。

「よくも」

 あっという間に、アロイジウス殿下とメルヒオールは近衛騎士に囲まれた。全員、宰相の息がかかった騎士だ。廃太子に刃を向けることに躊躇いはない。

 多勢に無勢。

 いくらアロイジウス殿下が強くても無理。

 何より、私の身体が人質となっている。

 ただ、ライナルトはヨハネスを信じ切って背中を向けている。

 今の私は私じゃない。

 元第一騎士団長の腕力は有効のはず。

 剣を突き刺す度胸はないけど、ベッド脇の小さなテーブルを武器にする度胸はある。

 ……今だ。

 ライナルトの剣先が私の身体から逸れた。

 隙をつき、私は小さなテーブルでライナルトの後頭部を殴った。ボカッ、と。

「……うぅ?」

 ライナルトが呻いた隙を狙って、私の身体を掴み、勢いよくベッドから飛び降りた。

「アロイジウス殿下、逃げましょうーっ」

 私は私の身体を左腕で抱え、近衛兵に囲まれたアロイジウス殿下に向かって突進。

「逃げる必要はない」

 アロイジウス殿下が帝王然とした微笑を浮かべ、メルヒオールが華やかな美貌をキラキラ輝かせた。

「三年前の決着をつける」

 美貌の主従コンビが好戦的な軍神コンビに見えた。

「……へ?」

「我が妻、とくとご覧あれ」

 アロイジウス殿下は私に向かって不敵に微笑んだ。……あれ? 今の私、ガチムキの元騎士団長だよ。気づいているの?

 もしかしたら、今、千載一遇のチャンス?

 入れ替わったことに意味がある?

 私は意を決して胸に手を当て、大声を張り上げた。

「今、ここに自分の罪を告白する。三年前、王妃様と宰相にそそのかされ、アロイジウス殿下の内乱討伐の邪魔をしました。援軍を率いて、自分で内乱を討伐し、手柄を横取りするつもりでしたが、神の怒りに触れ、剣を握る腕を奪われました」

 私が言い終えるや否や、宰相は苦虫を噛み潰したような顔で言った。

「ヨハネスは気が触れたようじゃ。隔離せよ」

 宰相の命令で頑強な近衛騎士たちが私を囲む。

 腕を掴まれ、拘束される瞬間。

 シュッ、とライナルトの剣が振り下ろされた。私ではなく、いきりたっていた近衛騎士たちに向かって。

「元第一騎士団長の告発は真実です。俺は元第一騎士団長の脅迫に屈し、極秘作戦をすべて漏らしました」

 ライナルトが後悔の色が濃い顔で過去を明かした。アロイジウス殿下が信じた騎士は裏切りたくて裏切ったわけじゃない。

「ライナルトも気が触れたようじゃ。拘束せよ」

 宰相の容赦ない命が下され、ライナルトは百戦錬磨の近衛騎士に取り押さえられた。けれど、アロイジウス殿下の金色の矢が放たれる。

 部屋に金色のオーラが充満し、浄化されたような雰囲気だ。バタバタバタバタッ、と近衛騎士たちが失神していく。

 勝負あり。

 圧倒的に強さに惚れ惚れする。

「拘束されるのは宰相、そなた」

 アロイジウス殿下の冷徹な双眸は黒幕である宰相に。

「英邁なる殿下、分不相応なことはなさいますな。後ろ盾がない立場をとくとご考慮あれ」

 アロイジウス殿下のお母様は亡国の王女だという。戦利品として国王に娶られたそうだ。高貴な姫君も国が滅べば平民と変わらない。

「そなたの脅し、我には効かぬ」

 どうやったら元に戻る?

 このままヨハネスとして生きていくなんて冗談じゃない。

 戻れ、戻れ、戻れっ。

 どんなに力んでも戻れない。

 私が本当に聖女ならなんとかして。

 ポカッ、と知らず識らずのうちに自分の頭を叩いていた。

 その途端、視界が変わった。

「ヨハネス、この不届き者、聖女様に何をするっ」

 ヨハネスはメルヒオールに剣先を突きつけられ、後ろ手で拘束される。目は虚ろ、口は金魚のようにパクパク。

「……よ、よかった……」

 戻った。

 私は私、残念な子代表の里奈でアロイジウス殿下の妻のリナだ。

 私は自分の手や手首を確かめ、アロイジウス殿下を見上げた。いつにも増して眩しすぎる。

「我が妻、怖い思いをさせてすまない」

 優しく抱きしめられ、私の心臓が破裂した。……ビジュよすぎ。もう駄目。詰んだ。

「……し、心臓が止まった」

「宮医を呼ぶ」

 アロイジウス殿下の慌てふためく声とメルヒオールの落ち着かせようとする声。どちらも心臓に悪かった。

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