第6話  危なくなったので、隠し部屋に隠れました。

 翌朝、胡桃入りのカンパーニュの朝食を食べた後、王国の地図を眺めていたら神殿長が押しかけてきた。もちろん、私はスルー。

 防犯カメラみたいな魔導具で見せてもらったけど、離宮を聖騎士団と近衛騎士団が取り囲んでいる。

「……こ、これ、あまりにもひどくない?」

 罪人に対する包囲網としか思えない。

「若奥様、攻撃はないと思います。落ち着いてください」

 エルケにしろ、ディルクにしろ、ライナルトにしろ、一様に顔色が悪い。ベテラン騎士が固い顔で飛びこんできた。

「大魔法師が聖女様保護のため、こちらに向かっているとのことです」

 うっ、と周りの騎士たちは低い呻き声を漏らした。

 以前、私は大魔法師ひとりで騎士団を消滅させる魔力があると聞いた。電話みたいな伝達の魔導具や冷蔵庫みたいな保存の魔導具など、画期的な発明をした底の知れない魔力持ちだ。普段は魔法師が所属する魔塔の主として、俗世には関わらず、研究に没頭しているという。表向きは神殿と同じく、独立し、王室の権力外にある。

「どうして、大魔法師が? 治外法権……」

 ディルクが呆然とした顔つきで言うと、ライナルトが伝達の魔導具を確かめながら答えた。

「魔塔の経済状況が逼迫しているから、王命に逆らえなかったのだろう」

「聖女様の保護のため、ってなんですか? まるでこちらが聖女様を監禁したみたいな言い草っ」

 エルケが悲鳴混じりの声を上げ、私を守るように抱き締めた。ぎゅっ、と私も縋るように抱き返す。

 聖女の奇跡とやらであちこち殺気立っている感じ?

「アロイジウス殿下は大丈夫なの?」

 神殿長や大魔法師まで乗りこんでくるなら、アロイジウス殿下も危ない。きっと、欲に塗れた奴らを説得できなかったんだろう。

「アロイジウス殿下は無敵です。ご心配には及びません」

 ディルクに闘う男の目で言い切られたけど、私は首をふるふる振った。

「じゃ、どうして無敵の殿下が三年前にボロ負けして死にかけたの?」

「……うっ、それ、それは初めてで最後」

 ディルクが大きな身体を小さくするし、ライナルトやほかの騎士たちも視線を逸らす。全員、三年前の敗走に関わっている騎士たちだ。

「心配になってきた」

 いくらなんでもアロイジウス殿下は監禁されない?

 横柄なアルベルト殿下でも異母兄に無体はしないよね?

 けど、仲はよくない?

 ……うん、仲がいいようには思えなかった。

 いやな予感でいっぱになり、いてもたってもいられなくなる。

「命にかえてもお守りします」

 ディルク以下、騎士たちがいっせいに私に対して騎士としての礼儀を払う。どの騎士もイケメンだから胸きゅんしてもいいのにイライラ。

「そんな根性論で勝てるなら日本は負けていなかった」

 家族や教師から繰り返された根性論が今となっては馬鹿馬鹿しい。根性だけで熱は下がらないし、教科書や体操服はもらえないし、一日一〇〇円で家族三人の栄養価の高い食事も作れない。

「……は、はい?」

 ディルクはだいぶ驚いたらしく、顎をガクガクさせた。何せ、騎士の宣誓は淑やかに受け入れるのがセオリー。

「大魔法師がそんなにすごい人で、お金に困っているなら交渉できるんじゃない?」

 天才大魔法師に弱点があるなら突けばいい。弱点だらけの私もさんざん突かれ、底なし沼に落ち続けた。

「……な、何が?」

 ディルクのイケメン面が崩壊しすぎ。

「金をやるから手を貸せ、って大魔法師に交渉しよう」

 私は真剣だったけど、ディルクは切々とした調子で溜め息をついた。

「……せ、聖女様じゃありませんね」

 聖女だったらそんなことを思いつかない?

 ディルクだけでなくほかの騎士たちも同じ気持ちみたい。

「そんなしみじみと言わなくても」

「……驚きました」

「大魔法師ひとりで近衛騎士団に匹敵する、って聞いた。大金を積む価値はある。そうでしょう?」

 聖女召還の中心は神殿長じゃなくて大魔法師だったと聞いている。大魔法師がいなかったら、私は召還されなかったはず。

「大魔法師はそういうタイプじゃないと思います」

「どんなタイプ?」

 召還された時、大魔法師だけ私に対する態度が違った。私の手を取り、何かを計った後、興味を失ったみたいに背を向けた。一言も声を聞かなかったような気がする。一方的に喋っていたのは神殿長やアルベルト殿下たち。

「金を積んだら臍を曲げる男です。国王陛下の命にも平気で背いていました」

「じゃ、なんで、今回は国王陛下の命に従っているの?」

 私が素朴な疑問を投げると、ディルクは腕を組んだ体勢で唸った。

「……んん……だから、それがわからないのです。どうして、あの大魔法師が……それも…………国王代理のアルベルト殿下の命で……」

 ディルクは意見を求めるように視線を流すけど、ライナルトや騎士たちも思案に暮れている。

「ここで悩んでも仕方がない。直に大魔法師に会って交渉してみる」

「若奥様が?」

「うん、大魔法師がキーマン? そんな感じがしない?」

「聖女としての予知ですが?」

「聖女じゃないって言ったのは誰よ」

 私がいきりたった時、ライナルトが神妙な顔つきで口を挟んだ。

「若奥様、大魔法師の名が出たら、悠長なことはしていられません。隠し部屋に移動してください」

「隠し部屋?」

「緊急時、隠し部屋の隠し通路から脱出できます」

 ライナルトの意見に誰もが賛成し、私は普段はあまり使われていないという南棟に向かった。二階のロングギャラリーの奥にある部屋に入り、ディルクが飾り棚を押した。ゴゴゴゴゴ~ッ、という鈍い音とともに飾り棚が動き、隠し部屋が現われる。窓はないけれど、品のいい調度品が揃えられ、圧迫感はない。

「意外に広いのね」

 白を基調にした部屋には長椅子にテーブル、書籍がぎっしり収った本棚にチェスト、優雅な衝立の向こう側には天蓋付きのベッドなど。

「若奥様、お茶でも飲みますか?」

「ありがとう。みんなの分もお願い」

 長椅子に腰を下ろすと、エルケが人数分のお茶を淹れた。ライナルトが伝達の魔導具で誰かと小声で話し合っている。

「ディルク、大魔法師とコンタクトが取れる?」

「俺は無理ですが、アロイジウス殿下なら連絡が取れると思います」

「仲がいいの?」

 私は確かめるように聞いてから香りのいい紅茶を飲んだ。初めて飲む茶葉だけど、とっても渋い。銀のプレートに盛られたガナッシュを摘まんだ。甘いガナッシュを堪能するために渋いお茶?

 今までエルケのチョイスに間違いはなかった。

 確かに、これもこれであり。

「……悪くはないと思います」

 ディルクは遠い目で紅茶を飲み、私と同じようにガナッシュを口にした。成人男性の口にも渋く感じられるんだ。

「悪いのね?」

「大魔法師と仲のいい王族も貴族もいません。誰の手にも負えないのが大魔法師です」

「そんな奴がどうして王命に従ったの? 王命っていうか、アルベルト殿下に?」

「だから、わからないのです」

 ディルクやエルケの表情を目の当たりにして、私は陰険ないじめの現場を思いだした。他者の名を使って追い詰められたことが何度もある。私の味方は誰もいない。ぼっちの中のぼっち、って思いこまされた。後からわかった真実に愕然とした。私はそこまで嫌われていなかった、って。

「もしかして、それ、真っ赤な嘘?」

 本当に大魔法師様が聖女保護とやらで動いているの?

 偽情報じゃない?

「……まさか、大魔法師様の名を騙るなど、自分の処刑執行書にサインしたようなものです」

「それが国王陛下代理のアルベルト殿下だったらどうかな……うん、今すぐ大魔法師と連絡を取ってほしい」

「まず、アロイジウス殿下に連絡を入れます。俺からじゃ応対してもらえない……あ、若奥様からなら出てもらえるかもしれません」

 ディルクに伝達の魔導具を差しだされ、私は大きく頷いた。

「……じゃあ、私に……え? 眠い……」

 いきなり、凶悪な睡魔に襲われ、私の全身から力が抜けていく。ドサッ、という音が聞こえたほうでは、ライナルトを始めとする筋骨隆々の騎士たちが倒れこんでいだ。エルケもワゴンの前で寝息を立てている。

「……や、やられた……紅茶に……」

 ディルクの掠れた声が聞こえ、私はティーカップに視線を落とした。

 あの渋い紅茶に盛られていた?

 エルケも倒れているから知らなかったんだよね?

 伝達の魔導具でアロイジウス殿下に連絡……あ、指一本も動かない……眠い……。

 薄れる意識の中、ディルクは剣を抜きかけ、隠し部屋の扉が開かれる。遠慮のない靴音が近づいてきたところで私もアウト。

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