第4章 夢の中の御伽草子
第48話
姉上、落ち着いてください。
(思うに、これだけ陰謀や闘争がある内裏にいる帝って、大変と思いませんか、いったいどういう人間かと思ったことはありませんか。
登場した時から、いきなりクズで、気づいた時にはもう姉上にしつこくって、色恋狂いか、執着帝かの帝として認識されていたから、我々には嫌われ者だったけど、あいつ、あれで、けっこう優しいところがあります。
私がここで好きに暮らせるように、手を打ってくれました。
私から見ても、栄君聖君です。少々、ぶっ飛んでいるけど。
あの帝に嫁いで欲しくはないのだけど、でも、正直に言います。見た者をありのまま、これが私の感想です。ですので、姉上もようく考えてください)
椎子。
(私は清流帝など嫌いです。なんか、チャラチャラしていて、うぬぼれ屋の自信家で、自己中心的と思っていましたが、いかにも美形を誇っていて、相手を見下しているようで、今回出会って、またそう思いました。ただ、執着心があるだけではない、何か嫌な気がしました。ですので、あんな男に嫁ぐなど絶対嫌です、金輪際、帝になんて嫁ぎません。あんな奴に嫁ぐぐらいなら、出家して、世俗から離れます)
しばらくして、姉から便りが届いたが、悪化したものはさらに悪化しただけだ。何ら改善も消化もされてない。
姉上。
(そうは言っても姉上は、帝の人となりを知りません。あの一瞬だけ見て、魔物と化して詰め寄られた程度で、帝の人格を判断してはなりません。あれで、全てが憧れの的、心は虚無で、手の届かないものばかりという、殊勝なことも言う人なのです。もっと帝のことをよく知ろうと思いませんか?知るべき相手です)
これは、最後にいつも言い訳していた爺やの敷島と同じ。今更ながら、爺やのやっていたことをやるなんておかしいわね。
ああいう主人を持つと、側近は言い訳に走るのよ。あまりにキレて、ブッ飛んでいるから。言いたいの、言わずにいられないの。たぶん。
(とはいえ、好みってのがある。私だって嫌なものは嫌)
(この姉上の、分からず屋)
・・・などと、つい、私も言い合いになって、筆を投げてしまった。
(ああ、せっかく、帝を振って、話がめでたく終わったと思いきや、帝は富士の高嶺どころか、怒髪天をつく勢いで噴出、そして、地獄の閻魔王へ、なんて、ようやく、帝も姉も前へ一歩前進できるきっかけが来たと思ったのに、よけいにピンチよ)
一方、これだ。この、きらきらの・・・
これはヤバい。これ、何なのよ?これは。
「これは危険なものね。こんなものがここにあることが知られたら、大変よ?」
「どうします?」
「誰にも見られることなく、保管するに限る。でも、これはあれだから・・・ああして、こうしたら、そのためには、そうだ。久理子殿、カマドの灰を集めて来て」
「ええ?そんなもの、何に使うのですか?」
「まあ、集めてきて」
そうだ。あれなら、どこでも山のようにある。寒い時期はもうそろそろ、炭も起こすし・・・たっぷりとある。
「はい、女官仲間から炭の灰、もらって来ましたよ」
しばらくして、予期した通り、久理子はたっぷりと灰を持って来た。
「これをね、こうするの」
ざーと白銀の宝石にかける。
「えぁっ、ななななな、なななななん、なっ何するの?椎子様。これ、世にも類まれな宝石でないの?こんなことして、いいの?」
「気にしないで、こんなの本物じゃないわよ」
「ええっに、ニセ物?そんな、でも、嫌です、こんなの白銀の宝石にかけるなんて。秘宝、世界の宝石、古来から各人が相争った、伝説の宝石なのですよ」
「ふっふふ。久理子殿。さすが宝石に関しては私のほうが詳しいわね。これでも、私、大納言の娘のはしくれだから、こういう宝石類は少々、見慣れているのよ。ここの珊瑚の先みたいなところ見て、上質の布でくるんであるだけ。このきらきら白い石も、これ、そこらへんの河原の砂利石よ。この粒粒の丸い粒も、よくある安い玉石を研いだだけのニセの真珠よ」
「ええっでも、これは大事なもので、朝廷中が探している、世界の財宝なんで・・・しょ?」
「そう思う者には、これが類まれな宝石に見えるのよ。これが欲しい者には、欲目に高く映るのだわ。こんなヤバいの、こうしておかないと、こんなもの見つかったら大変よ。以前、久理子殿も言っていたじゃない。ここに三種の神器があるって、そんなものが、他の人の手に渡ったら、それは怖ろしいことになるって。これがもし、偽物でも狙われたら、大変なことになるわ」
「それは、そうですね。ここは帝の御座所ほど警備が厳重とは言えませぬし」
(これで、よし)
宝石を障子の裏の棚に隠し、戸を閉めて、手をぽんぽんと叩いて、私は完了。
「まあ、こんな大切なもの、ニセでも本物でも、確かに誰かに見つかっては大変ですわ。三省も探していると言いますし、右大臣も左大臣も狙っているでしょうし、都の盗賊も来るかも、そう考えたら、厄介なものですわ」
久理子も衝撃が去ると、類まれな宝石がある怖さが分かって来た。自分で言ってたものね。
(あ・・・でも、これ、何だろう?)
久理子が手を洗う水を取りに出てから、私は灰つきになって、蔵に忘れ去られた年代物の置き物のようになってしまったニセの伝説の財宝に目を止めた。
(粗悪なまがいものの宝石がじゃらじゃら垂れ下がっている中で、一つだけ、きらりと輝く・・・)
「どうかしました?」
「あっ、ううん」
老獪な久理子ですら、これを高級品と見間違えた。人は億万長者になったと思った時点で理性を失う。あまり久理子にも惑わすことは言わないほうが良い。私はさっと手を引っ込めた。
「これだけでは駄目です、これは唐櫃の中に入れて、隠しましょう」
久理子もようやく落ち着きを取り戻し、私に手を貸してくれるようになった。
そう言うと、久理子は大きな収納具の中に隠した。
(これはヤバイわ。こんなことをして、何かやばい勢力が動き出す恐れがあるわ)
これを手に入れて、権力の座に踊り出られるとしたら?愛を得られると思ったら?いったいどんな人間がこれを手に入れようとする?
数日、私は冷たい汗を背中に感じ、膨れる不安を抱きながら過ごした。周りに人影が出て来たら、警戒し、通り過ぎたら、ほっとする。
後宮は何も変わらないように見える。梅壺は我がままを言っているし、弘徽殿女御はお琴の練習をしながら歌を歌っているし、妃たちは美貌を競っているし、女官たちは忙しく立ち回っている。
(これなら、まあ、何事もなく過ごせるか。すぐに隠したし、誰にも見つからかったのかも。漏れてないよね?うん、漏れてない。大丈夫。誰も気づいてない。良かった)
数日しても、何事も起こないことで、私もようやくほっと胸を撫で下ろしたのだった。それで、絵巻物の次作の内容を考えたり、もはや、何もかも忘れて、北川殿の計略事件でももう一度見直して、書こうかと思っていた。
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