第43話

「常盤師匠が反逆者となった主人公が、天女を追かけて唐国まで辿り着く物語を書いたのは、そういう僕からの話をどこかで聞いて、昔からある竹取物語などに出て来る天女を題材に、作ったのかもしれない。僕から言えることは、少なくとも僕は、今どこに常盤師匠がいるかも知らないし、内裏にいた時に何があったかも知らない。宝来の白銀のことも知らない。何か天女とその宝来の白銀の財宝が関係あることは素人でも想像がつくことだが、今の僕には心当たりはない」

「分かったわ、そうなのね」

 聞くだに不思議な話。本当のことか夢のことかも分からない。そんなことが現実に起こるのかって思える。

 でも、道臣が唐国まで天女を追いかけていったという理由が分かった。  

 とはいえ、あっても我関せず、調査もしない、真相も気にしないで、放置する人だっているだろう。

 仲間と友情とを大事にする真面目学者の道臣も、分からないことがあればとことんまで追って調べる探求心を持っている。

 改めて、道臣の気質が分かることだった。基本的には、己の研究にとことんまで身を尽くす学者なのだ。

 そういう道臣をすごいなと思った。私は尊敬の目で見る。

「不思議ね、世の中には不思議なことが多いわ。私もあなたと出会えたことは滅多にない機会だったって思ってるの。あなたと出会て、良かった」

「僕も同じ。時々・・・予測してなかったことに遭う。君と出会ったのもそう」

「もし、あなたが旅をして回って来なかったら、私とタイミング良く会ってなかったかもしれないわね」

「そうかもしれない」

「そういう、予期せぬことに翻弄される、人間、思った通りにいかない」

 道臣は切ない表情を見せるけど、それでも、笑みは柔らかく、幸せなものを浮かべている。

 予期せぬことに翻弄された人で、迷い路に入ったかのように探した。でも、探したものは見つからなかった。でも、今は満足しているようだ。

 予期せぬことには予期せぬ幸せも見つける。だから旅の途中で、休憩地に入ったかのように、今は胸を撫で下ろしている。

 それは、私・・・?

 ええと私?そういう大それた使命があるんだって、私に。そういうことなら。ええと、これはどう考えていいのかしら?なんだか、喜び度が高すぎて、思考が回らなくなっているわ。

 けど、それほど私に大それた使命があって、さらに誰かに奪われるほど大事過ぎる存在なら、これからも、師匠愛は一途に続けて行くべきね。そういう私を道臣が好きって言うなら・・・

「こんなことを言ったら、変に思われたり、おかしな人間に思うかな?」

「ううん」 

「異国まで、天人とはいえ、女人を追いかけていった、椎子殿は、こんな僕は嫌だろう」

「ううん。私は右少史殿のことなら、何でもおかしいとは思わない」 

 真面目に悩んでいるようなので、私も必死で答えた。

「こういう人間は、奇異に思われて当然だ。君にも嫌われて当然だ。はっきり言ってくれていい」

「大丈夫、嫌ってない」

「えっ?」

 さっきから大丈夫と言っているのに、道臣のほうが聞いてなかった。

「嫌でないの?」

「嫌じゃない。嫌がっていたら、あなたとこんなところで、あなたの話を聞いてない。私だって興味ばかりで調査や侵入しているわけじゃないのよ、危なかったり、怖かったら、長い付き合いなどできなかったわ」

 筆事件だって、道臣がいたから切り抜けられた。川で死にそうになった時も助けてくれた。道臣がいなかったら、私は今、生きているかも分からない。

 それに、私、逸出した、どこだか違う世界のほうが得意なの、物語ばっかり読んでいるからか、逆に力が湧いて来る。夕闇の君のところでも思ったけど、ああいう美形で逸脱した人間のほうが合うのよ、意外と。

「おかしく思わないの?」

「おかしいとも思わない。私、あなたが何者でも構わない」

「ほんとに?」

「運命に導かれたのね。そして、その運命が何かを解き明かそうとしたのね。すごい、その光って何?まるで夢の話みたい。すごい、知りたい。わくわくする。そんな夢みたいな話が本当にあるの?私、そんな偶然に遭う右少史殿を尊敬してしまう。すごいじゃない。生きていて、そんな機会に遭う人なんて滅多にいない」

 道臣は目をぱちくりした。

「そこに喜んでくれるとは、思わなかったよ」

 私は本当にわくわくしていた。今までのどの事件や謎より大きいものだ。師匠が行方不明の事件よりも、もっと大きい謎だ。私は信じられないものに出会ったのだ。今まで感じたことがない躍動感で心が突き動かされる。

「未知の謎なんて、知りたがりに刺激的だわ。私のこと、そこんじょそこらの知りたがりと思ってるの?生っ粋の知りたがりなのよ」

「でも、僕のことを、変わった奴って思ってない?」

「別に右少史殿も、子供の頃見た珍しい天人を探しに行ったのでしょ?それを言うなら、後宮に、こうして師匠を探しに来た私も同じよ。右少史殿も別に、欲とか金銭目当てとかではなく、ただ好奇心で探しに来ただけでしょ?私だって、物語で憧れた師匠の姿を追いかけて、こうまで人生を変えてしまっているのだから。むしろ、目をきらめかせて追いかける右少史殿のそういう気持ちは分かる」

 私には理解出来る。道臣もただ知りたかったのだ。瞳の奥にはいつも子犬の輝きがあるのを知っている。

「天女だっているかもしれないわ。それだったら、私と同じ、この地上のどこかにいる師匠を探して、毎日、日にちを費やしている。師匠を追いかけて、内裏中を探しまくっている私と同じ。おかしくは思わない。多少、私より苦労しているとは思う。旅とか、異国とか、遠い世界へ探しに行くのって、すごい力や体力使うと思うから」

「本当に?君は・・・・」

 道臣は見ても不思議で、何度見ても驚きが冷めやらない珍しいものを見るように、まざまざと私のことを見つめていた。

「そうか・・・やはり。何でも怖れず知って行く、そこが、さすがの、知りたがりの椎子殿だな」

 そう言って、道臣はくすっと笑い、私のことをじっと愛おしむように見つめる。あんまり長いから、私は照れて目線を外した。

「現実と夢物語は違う。現実に会えば、思わぬ返答を聞くことも出来るし、思ったこともないことを言われたり、驚いたり出来るものだ。やはり、現実に触れ合える人がそばにいるほうが良いものだな」

 いつの間にか、私は道臣の袖を取っていて、握り締めていた。その上に、道臣は手を置いた。

「うん」

 私も言う通り、温かい道臣の手を感じると、いかにそばに本物がいるかを実感できたから、夢の若竹の君より、そばにいる道臣のほうが良いと思った。

 だったら、私のことを地の果てまで追いかけて探すって言ったの、あれは本当かも?

 私のことを天女で、そばにいて、現実にいるほうが上って言ってる。その私の理解、合ってるの?えええ?私は良くても、道臣も?

 あんまり誉め過ぎで、信じられないぐらいだわ。喜びたいけど、道臣の夢の人みたいになるってのはあまりにも、私にはスケールが壮大過ぎて。自分でもついていけない感じよ。

「もし、今回負けたら、どうする気だった?」

「もし、僕が負けても、君を連れ去って逃げようと思った」

「また?前もそう言った。帝がお渡りに来た夜。私の窮地を、助けようとしてくれた。また、自分の身を省みず、助けてくれるの?あんまり、助けられたら、どうお返ししていいか、困るのよ」

「お返しは・・・そんなの考えなくて良い」

「でも、何かお返ししないとこちらの気もおさまらないわ。何か欲しいものはないの?」

「そうだな。それはまた、よく考えておくよ」

 道臣はそう言ったけど、何か言いかけて、照れていた。何が欲しいのだろう?

 やっぱり、私も現実に対峙できる、今が良いわ。しっかりと若竹の君の本物の袖の口を手に掴めるもの。

 そんなことは、恥ずかしくて、口に出来なかったけど・・・

 やはり、最初から生徒を可愛がる、優しい先生だ。私の印象も変わらない。本当に仲間思いの人柄だ。

 こうなったら、せわしなく嗅ぎまわる、品性非方正、生意気でせわしない生徒でもなりふり構わないわ。必死で構ってくれるよう、先生にとりなすわ。

 そりゃあ、そばにいて、現実に触れられるほうが良いもの。私も。

 道臣もたぶん、そう思ってくれている。旅人だから、また旅に出るかもしれないけど、それはそれでのこと。

 本心は私のことを一番大事に思ってくれて、助けるし、そばにいたいと思っている。いなくなったら、地の果てまで追いかけて、探す気で、これからも、どこにいても、私のことを考えて、私のそばにいたいとも思ってる。

 私の地位は盤石で、とっても高いし、絶対的安泰だ。

 そして、私も現実に会話したり、本の交換したり、穏やかに日々をいっしょに送るほうが良い。

 何者でも良い。もう答えは分かった。今の道臣そのものが答えだ。それ以上何を求めることがある?


 にしても・・・なぜ、道臣は唐国へ天女を追いかけていったかというのは分かったけど、新たな謎がまだ出た。

 その光って・・・何?ええと、新たな問題よ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る