第42話
「やったぞ、椎子殿、勝ったぞ」
道臣は負けたけど、帝を勝たせなかったことを、私に喜んで報告しに来た。
さすが元船乗り(遣唐使)だったけど、さすがに強者たちと戦ったから、ボロボロだ。
「負けたけど、勝ったわね。ありがとう、右少史殿」
ぼろぼろになって、埃だらけだけど、よっぽど勝ち残って使命をやり遂げたのが嬉しかったらしい。また子犬みたいに無邪気に笑ってる。
「いててて・・・」
試合後、楓の木の下で、あちこち擦り傷だらけの道臣を手当した。
「よくまあ、ここまでやったわね」
上半身は擦り傷だらけ、額には何で切ったのか切り傷、打撲傷であちこち、赤くて擦り向むけているし、全身、内出血だらけ。
「なんだ、喜んでくれぬのか」
「とりあえず、勝ってくれたから良かった。喜んでいるわ」
「なら、良かった」
「蹴鞠は苦手だって言ってたのに、上手かったわね。でも、あれだけやったら、大変だったんじゃない?大丈夫?」
「無我夢中で、毬を追いかけた。やってみるといい。毬を追いかけると、何もかも忘れる。でも、出世は妨げられたかな?」
「妨げられたわよ。公衆の面前で、帝を打倒しようとしたのなんて、いくら遊びでも」
「いて」
学問専門のやはり元留学生だ。出世のことなど考えてない。
「いつも私のために親切にしてくれて、嬉しいけど、本当に感謝してるけど、私のために、あなたが仕事で出世できなくなるばかりで、私は本当、申し訳ないばっかりよ」
「いいんだ、僕は君を守りたかったから」
なんだか、成果を上げて、誉めて誉めてと言ってる、子犬だ。こうしてニコニコしているところを見ると、子犬のほうが正しいのでないかと思えるわ。
「もう、少しは、帝に勝たせてあげたら良かったのに」
「でも、真剣勝負だ。そこに勝ちを譲るところなど見せたら、余計に気分を害するだろ」
「帝はそういうところはこだわらないから助かるけど、たとえ遊びの娯楽でも、勝たせないと、プライドの高い人間では生意気なと言い出すのよ。もし相手が梅壺女御相手だったら、それで収まると思う?あのあと、帝は精魂尽き果てたのか、清涼殿の寝殿で暑そうに寝ていたけど、その後、どうなっていたか。どうして、あれだけ私のために頑張ってくれたの?」
「それは、帝に勝たれたら、何を言い出すかは分かっていたから」
道臣は口ごもりながら、上半身の衣を着直す。
私のため、自分のことみたいに思ってくれる道臣の気持ちは、嬉しい。
でも、道臣は正体不明と、目的不明の面がある。私もだからか、ふと知らない世界から来た人みたいに、遠い存在のように感じることがある。
「夕闇の皇子から聞いたのだけど、常盤御前は、物語と同じ陰謀に巻き込まれた男を追って、内裏から出たと言うの。あなたは、若竹の君のモデルと言われている。あなたは、何か常盤御前と関係があるの?」
内裏に来た時に、夕闇の皇子に言われて、長いこと、疑問に思っていることを、私は思い切って聞いた。
道臣はふっと笑う。
その影が元遣唐使の遍歴を重ねて来た人間、だけではないようなと思うのは、気のせい?
「あなたは、何か常盤御前について、知っているの?」
物語の通りの、端整な美貌を持つ道臣。
しなやかに、はかなげに目を伏せた姿は、まるで若竹の君。
「疑ってるの、僕のこと」
道臣の表情が少し曇る。
本当に道臣が若竹の君だったら、どうする?
陰謀があって、唐国まで行ったの?
そのことを書いた常盤御前と、道臣はどういう関係になるの?
竹取物語、竹取未遂物語、若竹物語。
それらの月と関係する、伝説の宝の一つ、宝来の白銀と何か、道臣は関係があるの?
私にとって二人は大事な人。だから、私には大きな問題だ。
「僕が君の知りたいことを黙って、知らないふりして君を騙しているって思ってる?」
「疑っているのではないの、ただ、知りたくて・・・天女とか、宝来の白銀の伝説の話とか、あなたとのこと」
疑っていると言ったつもりはない。でも、怒らせてしまったかもしれない。どう聞いたら良かったのだろう。遠巻きにでも、知ってるの?と聞いたら良かったのか。もう口から出たのは戻らないけど。
知りたがり。本当に、こんな時に知りたがって、せっかく親切にしてくれた人に、失礼よね。
だから、私、せわしない女って言われるのよ。
「あなたとその女の人って、いったいどういう関係なの?」
道臣は子供の頃見た光の話をした。天女を追いかけるきっかけになった話を。
「最初は光を見たんだ」
「光?」
「子供の僕の目には、それが光に見えた。光の中には、綺麗な女の人がいた。僕にはそう見えたような気がした」
道臣はしばらく考えて、それから、話し出した。
「僕はずっと光を探した。疑問も、学者としての探求心もある。僕は学者の身だからね。僕に関わる謎でもある。各地の美しい光を探して、美しい宝石、金の宮殿、美しい衣をまとった女人らたちを見た。けど、それはどれも姿が似ていても同じではないものだった。長く、光の事ばかり考えて、各地を流離ったけど、遣唐使の役目が終わるので、僕もやむなく帰ることにした。あまりに見つからなくて、混迷を極めた僕はいつしか、諦めていた。漂流したり、食べ物が無くなって飢えたし、病気にもなるし、仲間も大勢死んだ。だから、いつの間にか、何を探しても、何かをしようとしても、ぜんぶ無駄な気がした。だから、内裏勤めになっても、僕はもう、この世界では、あの光と同じものは見つからないのでないかと思った。彼女のことは、遠い異国の土地まで追いかけて行ったんだ。思い出はあるよ。長い旅をして、各所を探し回ったのだから。それから学者として知識も得て、探求しているうちにいろいろあって、意味をただ知りたかったものが、義務や使命に変わった」
道臣は言って、私に向き直る。
「けど、日ノ本に帰って来て、意外と近くに、僕の追い求めていた人がいたってことに、気づいたんだ」
道臣はそう言うと、神秘的な輝きを宿す目を私に向けて、見つめる。
「今まで気づかなかった。同じ日ノ本にいて、君のような人がいることを」
えっ・・・私?
「僕はようやく、ここ、日ノ本で、僕の探していた人を見つけた」
道臣は私の頬を手で包んで、私の目を覗く。
「何度も捕らえて、何度も間違いだと分かって、何度も諦めようとした。でも、何より捕らえたいと思ったのは、僕の心を捕らえて離さなかったから、明るく辺りを照らす光だったから」
私がまさか、天女なんて、おこがましいって思ったのよ、最初。でも、道臣は私のこと・・・?
「僕はただ、でも、ずっと君のような光を持つ人を探して、ずっと君のような女性と出会うことを望んでいた。でも、すぐそばにあるのに気づかなかった」
道臣は私の髪の毛に手を置いて、そっと撫でる。
「何があっても、趣味に走り、死にかけても憧れの師匠を追いかける、君のその逞しい魂と、追っかけ魂に感服したよ。男の僕が躊躇することでも、君は平気でやってしまう。君を見ていると、僕はずっと探していた人と出会ったよう。僕の心は晴れて、いつも光を得ている。君は、僕が探していた、天女そのもの」
な・・・なんだ。そういうことか。
それほど、私の趣味魂が人より激しいってわけね。もはや、常軌を逸しているのね。たぶん。人として、それが良いか分からないけど、常識は差し引きで置いておいても、それを道臣は誉めてくれているってわけね。よし、第一の弟子。
「だから、僕はここにいようと思った。世界を旅して、光を求めて流離って日ノ本に帰って来て、天女のように輝く君がいた。だから・・・君のそばにずっといようと、そばで助けようと思った。ずっと君のそばにいたいから」
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