第38話
それで、私は実家へ手紙を書いた。
私は幸せだったので、帝にも感謝せねばならないとも思った。
登場した時から、いきなりクズで、気づいた時にはもう姉にしつこく恋文を送る相手として認識されていたから、見たら逃げろという執着帝と化していたけど、あれで、私がここで私がここで好きに暮らせるように、手を打ってくれてる。
おかげで、絵物語まで作れたし、後宮で何不自由ない暮らしが出来ている。
(あいつは嫌いだけど、でも、考えれば、私のすることをうまく後押ししてくれたわ。私の人生屈曲の最大の原因だし、あいつの思いは本気かもしれないから、一度、ゆっくり考えてみよう。師匠のあとがきでは、物語は多くの人物が出ており、それを書くには人間観察をする目が必要だと言ってたし。思うに、あいつ、あれでけっこう、悩んでいるのでないかしら?)
右大臣、左大臣、旧勢力、強敵の永城天皇、かつての粛清した天皇などに取り囲まれ、たった一人で孤立していて、見る限り、誰も心を許せる人間がいないのでないかしら。
あの帝に嫁いで欲しくはないのだけど、かといって、見聞きしたことを知らせないのも姉には悪い。
だから、私は姉がどちらでも判断できるように、ありのままを姉に知らせることにした。
(姉上、清流帝は悪い人ではないかもしれません。世のため、人のためを思う栄君です。姉上をそばに置き、ともに暮らし平安を得たいだけかもしれません。少々邪悪なのは、ただ、姉上を求める一心だけかも。内裏は大変なところです。帝は姉上と共に幸せな暮らしを望んでいるかもしれません)
とりあえず、そういう内容を、文に書いて送ってみた。
思えば、最初は私を売り払うとか、私を襲う気を見せて最低野郎とか、とんでもない帝と思って嫌っていたけど、どこから変わったのかしら?自分でもびっくりだわ。
本来なら、もっと貶めておいたほうがいいわね。
でも、あいつもやむにやまれずしているのは分かる。聖君のあいつがそこまでするってのは、逆にぎりぎりの攻防とか、立場を表している。ってのが最近、分かって来たからね。
あいつ、言いながら、言うほど怖くないのよね。
それにしても、私がそれで損失をこうむるのはいただけないけど、だから、私はどっちも姉に伝えることにしたのよ。
とりあえず、私の役目、立場としては、帝の人物査定をするのが使命だったし、これで一役、果たせた。
ま、多少はひいき目に見てやってるけど、良くしてくれたし、まあ、おまけよ、おまけ。
(あー、これで、姉上もちょっとは気を取り直すかも)
書き終えて、満ち足りた気持ちで、私は実家のことを思った。私が後宮で行き詰ってないか心配しているだろうし、あちらも心配だ。
そうすると、しばらくして、実家から文の返事が来たのだけど・・・
「あんさん、ぼさっとして過ごしてないか?内裏では今、後継者争いだの、お世継ぎに揺れていて大変じゃ。わしも派閥に入ってないから、右大臣から左大臣とつながりがあると疑いの目を向けられて、困っておる。このままでは、わしは終わりじゃ。いろいろ陥れられて、いつ何時、下に転がり落ちるかも分からん」
なんていう手紙をよこしたの。
私はため息ついた。私が気楽にやっている水面下では、問題がやっぱり蓄積していたのだ。
「もう、お世継ぎ産みなさい。こうなったからには、産みなされ。そっちで産んだら、それならそれで、こっちは構わん。郷に入れば郷に従えと言う。産むことで終わる話もある、それならそれで、ええんえ?」
それならそれで、など良くない。私に趣旨替えしたら、田舎に引っ込んでやるって言った気概はどこへ行ったの?
「そういう一つじゃろうが、右大臣から翠子の結婚話があって、武官の息子で良い縁談なのだが、そちらへどうだ?と言われておる。いっそ、後宮に入る前に、別のところへ嫁にやって片付ける気なんだろうな。前からあったが、特に最近は頻繁で、翠子への縁談攻撃が断っても次から次へと来るんじゃ」
やっぱり、うちも多少、お世継ぎ問題に荒れているらしい。
「うちもまあ頃合いじゃ。翠子もどこかに嫁ぐ時期。良い話だったので勧めようとしたが、翠子が清原中将と結婚すると騒ぎ立て、帝を諦めさせる、そいつと連絡を取って、手に手を取って生きていくだの、駆け落ちだの、椎子のために出て行くと言っておって、困ったことになっておる」
え・・・?
(駆け落ち?)
私、こちらに慣れて、自分が楽しいのだからすっかり、姉ももう警戒心を忘れたと思ってしまったけど、あちらはまだ、帝に強引に来られたら、この刀でやってやるという初期状態なのだ。
私がもっと、気を使ってあげていれば・・・
(それだけ頑張らなくても、とにかく、帝だってプライドもあるし、強引な事はやらないわよ。振られて、気が済んだら、終わるのよ。今の私なら、分かる。あいつ、意外と聖人君子で、悪い奴じゃないのよ。今でも強引に進めたり、会いにいってないのってがそうなのよ。単に、内裏に籠ってるもんだから、一人で色恋狂いしているのよ)
それから、他に、政治的な思惑もあるかもしれないけどさ。
父は朝廷勤めで主上大事だから、想像も出来てないかもしれないけど、私には分かる。私もそこをうまくもっと説明したら良かったのだけど・・・
と思い、手紙の先を読んでみると、もう父も焦って乱れているのか、字は乱れ、紙もよれよれで、汗か涙でまみれたかのようだ。
「とにかく、あんさんをはよ、脱出させようと思って、こっちもあんたの結婚だの、あんたの病気だのを持ち出して、帝にそれとなく持ちかけているが、帝も、後宮勤めでいったんもらったものだろ?いったんもらったのだから、すぐ返すものではないと言われて、突っぱねられた。このまま翠子が駆け落ちしたら、もううちは終わりや。あんたもしっかり生きていくんやで、こっちはいつ、帝に粛清されるかもしれんよって」
わーん、なんでもう、うち、もうすぐ消される設定になっているの?
帝もまた、私をもらったものを返さないって、落ちていた猫みたいに言わないで。
「誰があんなやつのお世継ぎなど産みますか」
「後継者問題は以前からありましたからね。秋とか春とか、でしょうか。定期的に再燃するのですけど、秋が来ましたね。右大臣様も来られて、梅壺女御に子宝の薬を届けていますし、左大臣様もそれはもう、弘徽殿女御を焚きつけていますわ。でも、どっちも相手があってのこととて、恥じらっているとか」
「珍しいわね、あの二人が、我先に出て行く二人でしょうに。また薬とか使って。やはり右大臣は怪しいわね」
「右大臣様なら、この日ノ本で手に入らないものはないから、何でも手に入れますわ」
そういう絶対権力者が怪しいのよ。
それでも、私は楽しい楽しい後宮生活を送るのが生き甲斐なのだから、離れないつもりでいた。楽しい、楽しい・・・・ぐぐぐ。楽しい、楽しいはず。
(あれ・・・?でも、何か、忘れてる、大事なもの)
ちょっとその時、私は何か大切なことを思い出しかけたのだけど、それでもまた私は楽しい後宮生活にしがみついて、送る気でいたから気づかなかった。だって、せっかくつかんだ楽しい後宮生活なのよ、手離したくないもの。こんな楽しいところに来て、手離すわけないわ。意地でもしがみついてやる。
その時、また何者かの足音が近づいて来た。
ばたばたと足音がして、また何かやって来くると思ったら、勢いよく妻戸が開いて、梅壺女御つきの古参の女房がうろたえた顔をして入って来た。
「な、なんか大ごとですえ。椎子はん。内裏で帝が、勝った者には好きな姫に求婚する権利を与えるとか何とか言って、梅壺女御様は大層あんたにお怒りで、すぐ来よとの言われてまっせ」
私は慌てて、筆がつるっとすべって、いしなご《お手玉》したわ。
(そう言えば、毎年恒例の秋の行事、蹴鞠の会とかがあったような)
私は例の祇園祭の件から、たいてい、行事ごとから呼ばれなくなっていた。物語研究一筋の私には安堵。それで、気兼ねなく師匠の書物の中身を吟味していたところだったが、秋になってとうとう行事ごとから呼ばれるようになったかと思ったら、とたんに問題発生したのね。
「なんだか、嫌な予感がしますね、どうするんですか?椎子殿」
「行くしかないわ、仕方ないわよ、この後宮で梅壺女御に呼ばれて、放置する人いる?そういうわけにもいかないわ」
問題って放置したら余計に、困ったことになるでしょ。とくに後宮での寵愛争いをする女御は危険過ぎて、放置なんか出来ないの。行かないと、同じ後宮にいるんだから、明日、梅壺女御に何されるかわからないわ。
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