第37話
「ええと、君想い・・・」
歴代の物語から、素敵なシーンや和歌を選び出し、姉へ
「ねえ、どうしてこんなことをしなきゃならないのよ。自分で書きなさいよね」
「いい機会じゃないか。和歌の練習にもでもしたら?」
「勉強したくない。もう何通も下手な恋文書いているのに、姉上、返しの返事もしてこない。これでは姉上へ恋する恋人だけど、振られて喪失するまで同じ。あの人が、振られて万策尽きたせいで、こんな羽目になるのはごめんだわ」
「古来、恋文は、和歌を添えて送られて来た。恋の歌は昔からたくさんある」
み
遭い見し人の 夢にし見ゆる
道臣は私の部屋に来て、読書する傍ら、また私に恋の和歌の講釈を垂れてくれる。私が帝の恋文を代書するために、教えてくれているのだろうけど・・・これ、本当に姉への恋文に入れるやつ?
月とか空とか、夢とか・・・いつも、道臣が夢見がちに使ってるやつなんじゃないの?
「ひとめ・・・の、夢?」
「そ、夢に見る、月の光の下にいたあなたを一目見て、恋してしまった。夢でも見るぐらい、あなたを思っている、ということ」
わーん、真顔でどきどきすること言うの、止めて。
ち、ちか。近いって。
「そ、そそそ、そんなこと言って」
「うん?」
「右少史殿も恋文を送る相手がいるの?」
「知りたい?」
「そりゃあ、知りたいわ。頻繁に来る本好きの友人が、どういう付き合いをしているのか。知りたがりのせわしない姫君の私が、知らずに済ませるわけないわ」
「僕の書く恋文、君には隠すことはないし、教えようか?」
「わっ。また耳元で言わないで。あなただって人の子。こんなところで油を売っているだけでなく、恋に奔走したり、恋の相手を見つけようとしたりするのが、若い年代の人は普通なんだし、したいんじゃないの?」
「そりゃあ、僕だって普通に男だし、女人が好きだよ」
「本当はあなた、天女が好きなのでないの?異国まで追いかけて行ったぐらいだから」
「天女は僕の初恋の人だな、確かに、最初の想い人だ」
「月の光で思い出すのは、その人のこと?」
私は道臣の正体が気になって、複雑な心境になってしまった。
私は大好きな物語の主人公の姿に瓜二つなあなたを思い出すわ、真っ先に、何よりも誰よりも。だって、私の心は若竹の君オンリーなんだもの。
でも、あなたにとってはオンリーと言ったら天女。他は何も目に入らず、遠いところから思う人の存在も目に入らず、思い出すのは、いつでも、その人なのだろうか。
「あなたにとって、その人はいったい・・・」
「天人は僕が生涯かけても手に入れたいと思っている人だ」
「生涯かけて・・・?」
なんだか、急に遠い人になった気がして、私は複雑な心境になった。異国まで追いかけて行ったぐらいだ。その人をずっと想っているのだろう。
「その人が大事なのね」
私の前に颯爽と現れて、私を助けてくれる。道臣はそれこそ、私にはかけがえのない、大切な友人だ。
でも、道臣はいずれ、また探しに出かけることになるだろう。本当に天人みたいにその人の元へ帰ってしまう。
「僕だって君のことは大切に思っている。後宮からいずれ出るまでは、君のことを助けようと思っている。安心して。君が出るまでは、僕は君についているから、君が安全に、後宮を出られるまで」
私の手を握って、ぽんぽんとしてくれる。それってなんか、塾の生徒みたいだ。先生って、そういう責任感があるものね。これって、次の年に卒業するまでは、必死で勉強するんだ、安心しろ。先生がついててやるからな?と同じでは
「本当に大事な人なのね、その人は、あなたにとって」
天女とか言っているけど、本当はそこにいた女人だったかもしれない。ただ道臣はその人を忘れられないだけかもしれない。
「僕はその人を必ず手に入れたいと思っている」
夕闇の空に上がって行く白い月を見ている道臣には、いつもとは違う、確固たる意思がある。
到底、他人なんか入り込めない隔たりを感じる。一
「たとえ、夢の中の人でも、僕はこの手で掴み取る」
学者として、探求心もある。そして、不思議なものに強く、惹かれているのだろう。
「そこまで強い思いを持つ人って、それは・・・」
「天女は僕の、生涯で唯一の女子だ」
蔀戸から見える青い空、月の光が道臣の背後にあり、不思議な雰囲気が道臣に漂った。
眼差しは、まっすぐ私に向けられ、私は真剣さに心打たれて、時が止まったかのようになった。
「生涯で唯一の」
「そう。僕はずっとその人と、会いたかった。ずっと探し続けて、どこまでも探して目的も分からなくなっていたけど、探し続けた。だいだい、どこにいるかは、分かる。探していると分かる」
私のことを見つめているので、私は胸が詰まる。いつもと違う道臣の高まる気持ち。いつも平静で落ち着いているのに、強い気持ちを感じる。まるで執着帝みたいに燃える熱い気持ちがある。穏やかなこの人の一面が崩れることもあるなんて、思わなかった。
「それが身近な君みたいな人だったら、どれほど良かっただろう。これほど、手の届く範囲で」
「こ・・・」
恋人?なの?その人。その人とあなたは、いったい・・・
「こ?」
また、前と同じで、私はこ、で詰まって先に行けなかった。言い出しかけて、でも、本当のことを聞くのが怖い気がして、言えない。
「こい、こ・・・」
「こ?」
「こ、こ、こい」
「こ、こ」
私と同じで、道臣も鶏みたいに、こ、こ、こと、何か言っている。
と振り返ったら、そこに本の山に埋もれて、必死で読書している子犬、いや、道臣がいた。
「おお・・・こ、ここに、僕が世界を旅して、探してなかったものが、ここにある」
「ふふふ、忍坂殿、良いところに目をつけられましたな」
「椎子殿、これはいったい?」
「ふふふ、とある入手先から、また入手したのです、まあ、内匠寮で知り合った、とある人がいて、その人経由で、と言っておきましょう」
「なんと、椎子殿は内裏に新入りでありながら、すでに内匠寮のツテをお持ちでいるのか?」
「ふふふ」
「ふふ、ははは」
「いいでしょう?」
「いい、これはいい」
「日ノ本でも良いものはたくさんあるのですよ」
「さすが、椎子殿」
しみじみと道臣は冊子を抱き締め、目をきらきらさせて、入れ替わり立ち代わり、冊子を見る。私は肝心の話が出来なくなった。
「秋の月は格別に美しいよね」
聞けないうちに夜になってしまった。
月夜の晩、私と道臣は夜にこっそりと、簀子縁で簡単な
月明かりの下でシロザケを飲んだり、団子を食べたり、絵物語を広げたりした。外は真っ暗なので、人に見つかりにくい。
月明かりに照らされて、月を杯に浮かべて飲む道臣は、きりっとした精悍さもあって、凛々しくて、見惚れる。
(ああ、若竹の君は、月が似合う)
なんだか、月と戯れている、今日は、私たち。
あなたの正体は?なんて、
思わず、口から出かけたけど、なんだか楽しくて、その時は言えなかった。
「椎子殿は、どういう書き物をするの?」
「そうね、やっぱり、私も陰謀の話を書こうかと」
「陰謀?椎子殿がどんなものを書くのか見てみたいけど、内容は陰謀でなくても良いのでは?」
「じゃあ、男女の恋愛物でも書こうかしら?」
「恋愛物?それもまあ、良いけど、なんか、爆発的なものがないなあ。例えば、女子が書く日記というものを、書いてみるって人もいる」
「そうね。そう言われると、私、何を書いたらいいのかしら?」
「いつも知りたがりで知ると意気込むのに、自分のこととなると分からないんだな」
「ほんと、そうよ。それね。私、悩んでるの」
道臣は私の言い方がおかしかったのか、くすっと笑った。
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