第36話
(やっぱり、私、
自分の部屋に戻って、文机から、開けた戸の外の景色を見ながら思った。
(憧れの師匠が暮らしているところにも来て、師匠と同じ空気を吸って、同じことをすることが出来た。私の望みを、ぜんぶ、師匠の物語が叶えてくれた)
まあ、多少、いえ大方の因果は、この国の主が原因だけどさ・・・
後宮に来て、様々なものを見聞きするにつけ、やはりそう思う。
栄華を手にしようとする右大臣、対抗する左大臣、互いを追い落とす後宮の女たち、腰をつけかえ入れ替えする官吏たち。どうしてそこまで争うのだろう。
ここで大好きな師匠のことを考えて、大好きな物語の主人公のことを考えれたら、それだけでいい。
それを共に喜んだり、発見したりしてくれる若竹の君がいたら・・・
「椎子様、この前の京のお祭り、民草から、右大臣への尊敬の念が沸いております。ほんと、人気が高いですわね。このままでは、右大臣が権勢を握りますわ。そうなると、梅壺女御がまた威張って、私ら、いったい何をされるか分かりません。ほんと、注意ですわよ」
「そうね」
「裏では、帝を追い落とす後継者争いがあって、親違いの兄弟である、弟たち、無位無官の王族たちなどが、政治に加担したのでないかと言われています。それに気づいた右大臣が、どうやら、また権力を統制しようと、動いているのだとか」
「とうとう、帝を追い落とす、後継者争いまで起こっているの?皇太子争いもあるのに、そのうえ、右大臣らの派閥争いまで加わったら、大変なことね」
「そうですね。まあ、内裏はそういうところですからね」
気にしたところで、政情は変わりはしない。私は極力気にしないことにした。
私の人生を師匠が変えてくれた
もしかしたら、もっと読んだら、もっと何か起こるのでは?・・・
ということで、私はそれから、もっと物語を読むことにした。
「ねえねえ、古書とか持ってる?持ってないなら、あるとこ、教えて?」
とにかく、誰彼構わず詰め寄って、入れる部屋に何とか入ってみようとした。
すると、少々、変な噂が立った。妙なことを聞き、面倒臭い女って思われたみたい。小さい女童すら、私の姿を見たら、近づいたら煙たがり、逃げていく。
「ちょっと、何?あいつ、いつも棚の端にホコリを被ってる本ばっかり気にしてるのよ、変じゃない?」
「部屋に入ったら、調べられるから、気を付けたほうが良いわよ」
なんて、同じ女官からも、知りたがりのうざい女と世間評は好評で、むしろ私には良かった。
(良い傾向。妙な奴と思ってくれたおかげで、嫉妬や敵視する派は怖れるに足らずと見たはず)
だから私はそういう嫌味は何も気にしていなかった。
そうして、まあ、気にせず、私はせっせと書き物をしたり、調べたりしていたのだった。
「椎子様が?常盤御前のように絵物語を書かれたりする気ですか?」
「いいじゃないの。私も常盤御前みたいに、物語を書いてみたいのよ」
なにせ、帝の仕事で、物語の複写もしているので、手がムズムズするもんだから、私も見様見真似で始めたのだ。でも、いざ作るとなったら、師匠みたいに上手くできない。
ためしに、北川殿の謀の話でも書いて見ようと思ったけど、全然ダメ。改めて、師匠の凄さが分かった。
それで、内容はともかくとして、帝の
「ねえ、これ、私も頼めば、作ってくれるの?」
「まあ、我らは後宮の頼みとあらば、何でもいたします、しかし、絵師はいるけど、中の物語とか、何か内容がないと、絵だけになりますが」
「ああ、そうそれなら、そうね、何でも良いの?中身は」
「まあ、良いですよ。帝の妃の頼み事なら、私らの仕事ですから」
そういうことで、ちゃっかり頼み込んで、初の私の巻子を作った。
それを久理子に渡して、後宮の女たちにも読んでもらったのだけど、まあ、お世辞だけはしっかりと返って来たので、また私は気を良くしたのだった。
絵師や絵巻物の装丁や工房の人々と出会い、綺麗な絵に心ときめいて、私はうっとり。
創作活動なんて憧れだったわ。
絵巻を作る過程ってすごい。
「君、ちょっと、うちに来ないか?」
噂を聞いて、帝の高級官吏である父と同じ大納言の藤原の何某が、我が妃の元で、部屋に勤め、物語でも書いてみないか?と誘われて、大いに調子に乗ったわ。私。
まあ、簡単な内容の話だったけど、私もそうして一冊の巻子を作ってもらい、知り合いの妃連中に、渡したのだ。
「まあ、これを?」
きよみずの君とみやびの君はとても喜んでくれた。それで、他の妃たちのも教えておきましょうと言ってくれた。恥ずかしながら、たまゆらの君へも渡した。そうしたら、もちろん、小玉木も喜んでくれて、それから毎日、私のところへ来るの。書いてるかって?
そうしたら、それが後宮の女たちに噂され、噂は噂になり、なんか、ちょっとすごい人みたいな目で見られて。
後宮って、日常的には毎日同じことの繰り返しで、皆、退屈になっているから、新しい物語とか新しいもの好きなのよ。それに、絵師は一流どころだから、中身は問題ないの。絵が主だから。
で、私も、少々、作家みたいな気分を味わえたのだった。
(私、ちょっと今だけ、いわゆる後宮の女流作家?なんてのになってる?)
大好きな師匠と同じ感覚を味わえるなんて感激したわ、私。
やりたいことがやれて、いたい場所にいられて、好きなことに没頭できるなんて、人生、もう天国(サイコー)では?
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