第35話

「まあ、ほんに、椎子様は闊達であらっしゃいますなあ」

 ということで、引き続き後宮生活を楽しみながら、師匠探しをすることに決めた。

 後宮のさまざまいる妃たちの部屋に侵入しようとした私だけど、たまゆらの君の部屋で、遊びに来た妃たちを紹介してもらい、次はうちの部屋で語らいでも、と言ってもらった。

(妃連中の友人を頼る。これなら、訪問拒否もないし、誰にも文句を言われない。部屋に侵入することも出来る。良い方法発見)

 しめしめと思って、寄合場所へと向かう。

 プライドが高い帝の妃たちでは寄り着くこともできない人らが多いけど、こうして少しずつ面会して、関係(コネ)をつけて、間口を開けると各妃の部屋に侵入(お呼ばれ)できると分かった。

 で、秋の庭を眺めて、後宮にあまたいる妃の中に入って、何気なくお話をするっていう機会に恵まれたわ。

「まあ、先ほどの、歌は、宇多殿の自作でしたか」

 そこでは、知り合いや友人の貴族たちが遊びに来ていて、道臣の友達の宇多大和と、朝廷の人気者の御三家の月山様も来ていた。月山様は夕闇の皇子と並ぶ、色恋ごとに通じた有名な色男だけど、宇多殿は元王族だからどこでもひょこひょこ顔を出すのだ。

 後宮では余所者の出入りは好まれないけど、こうした別室でたまり場みたいになって、話し合いや遊びをしたりする場はある。

 狭い後宮だし、息抜きにと女たちも才能ある人物たちも色々来るし、内親王や妃たちのたまり場(サロン)に呼ばれることはけっこう栄誉だったりする。

「ちまたでは、夕闇の君などが、評判に評判を呼んで、京の女たちが騒がしくしているのですってね。内裏でも、夕闇の君がおられる場は、女たちが一目でも見ようと侵入したり、塀から顔を出したりしているのですって。それで、衛士らが追い払うのに人を倍増したとか。椎の君は、最近、夕闇の君のお姿を見ました?」

「はあ、最近、少し」

「まあ、夕闇の君と会えるなんて、得な方ですわね。何やら、うちの女房にも懇意な方はおられるようで、それはそれは懇意なのですよね、木島?」

 さすが、帝の妃と呼ばれる貴族の娘だけあって、華々しさがあるし着物は豪華で上質のものをまとい、室内も上品に整えられている。

「さすが夕闇の君ですね。私などは到底、足元にも及びません」

 男たちはそういう話が嫌で、苦笑い。

 後宮の女たちは寵愛争いをするけど、本人らは梅壺と弘徽殿の剣幕に気おされているせいか、寵愛争いなどは表立ってする気はない構えで、私程度を敵視する気配はなかった。それより、寵愛より冊子や作家を追っているという珍しい女が来たものだと、とりあえずは珍しがってくれている。

 まあ、大勢力が上で対立しているけど、冷静な目の側の勢力もいる。その他大勢の者たちのほうが圧倒的に多いのだから。

 きよみずの君は政府高官の娘で、若くて愛らしくて、つんとした美人で、水清らかなるきよみずの君と呼ばれている。宣陽殿に住む。

 みやびの君は性格がしっかりしていてながら、ふっくらして落ち着きがある。

(どちらも、あまり動くこともない後宮生活で、暇なのか、好奇心旺盛。あの人はどうだの、あの家のあの人がどうだのと、耳ざといし、噂好き。これは、いっぱい話を聞けそうだわ)

「まあ、大納言ところの姫とあれば、何不自由なく育ったのでしょうね」

「父は厳しくしつけたので、私はそれほどでも」

「今は帝の覚えもめでたく、椎の君のために、何やら書物をたくさん持って来たり、図書寮の男がやるような仕事も回してもらっているのですって?きよみずの君、そこまで帝が入れ込んだ妃がいたかしら?」

「私の知る限り、そんなこと、今まで帝がしたことがなかったわ」

「だとしたら、椎の君は、きっと帝の寵愛を受けているのでしょうね」

「い、いやあ、そんなことは」

「美しい大納言の姉君の妹君ということで、今も内裏でも評判になっているとか」

「都でも、帝が注目している妹君ということで、世の男性から視線が集まっているのですってね。そこまで周りからちやほやされたら、ときめきの君とでも言うでしょうね」

「そんな、いえ、けっして、私はそのようなことは」

「何やら、最近、書き物もしているとか」

「多少、私もマネをして、好きな物語の、のようなものを書いているだけですが」

「それは面白い、私は東下りする物語が好きなのです。ああいう物語をもう一度、読みたいなあ」

「そのような至高の物語とはまるで、かけ離れていて」

 月山様が扇で口元を隠しながら言うので、私は恐縮してしまった。

「でも、後宮では帝の寵愛争いをするの常なのに、変わった人ですのね」

「絵巻物を増やす人が増えたら、私は良いですわ。だって、ちまたの絵巻物って、なかなか新作が出ないんですもの。例のその人気作家が消えてから、ドロドロの愛憎関係が激しくて、先が読めなくて、これと言ったタネ明かしもなく、夜も寝られない物語をどんどん書く人なんか、いなくなったわ。ね、きよみずの君、そう思わない?私は誰かに描いて欲しい。椎の君、そういうのを書いてくださらない?」

 ドロドロで愛憎関係が激しいのを好むなんて、けっこう特殊な好みなのですね、みやびの君。見かけによらず。

「はあ、私も陰謀を書こうかしらと思ってるのですが、ちまたでは陰謀は溢れているのですが、なかなか難しく」

「陰謀?いえ、そんなの面白くないですわ。男女の出会いとか、色恋の物語が面白いのです、とくに夕闇の君みたいな美男が出て来るものが」

 急に力説したからびっくりしたわ。きよみずの君も好みがあるのね。

「よく考えてみます」

「後宮に来て、寵愛争いもせず、書き物とか読書ばっかりとか、やっぱり、少々、変わった方ね。でも、恋愛モノを書いてもらったら、嬉しいですわ」

 やっぱり、私って少々、変人なのかしら・・・?西松からも言われてるし。

 尋ね人の常盤御前がいないか聞くが、いないと言う。

 秘密にされており、わざと隠されているのでないかと思っている私は、鵜呑みにせず、再び調査に乗り出し、女房の素性、その周辺まで、全部をチェックした。でも、やっぱり、それらしい人はいなかった。

「ねえ、また遊びに来なさいよ。うちの実家に大きな栗の木があって、それが実ったら焼き栗大会しましょ」

 ああ、ここにもいなかったかと残念に思ったのだけど、誘われて、嬉しくなって、またという約束をした。

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