第32話


 最大に帝をその時、私は嫌いになった。  

 クズにしても、単なるクズでないことはもう分かってる。私はもとは姉の釣り餌だが、鵜飼の鵜でもあった。師匠探しは物語の続きを見たいというだけでない。皇后の不審死の原因究明の投げ矢にも使われた。なんとも、もったいない精神ではなが、とことんまで利用し尽くすハラだったものだ。

 最初から邪悪な感じがしたけど、本当に邪悪な考えだ。ほんとに。

 帝は悪びれもせず、相変わらず、護岸不遜で、気取ってる。

 相手に腹を探らせない、知らせない、これが帝王学なのかもしれないけど、これ、ほんと、これがそう?

 内裏では威厳のある帝が、無造作に足を放り出して座り、品も何もない、あくびしたり、だらしなさを露呈するのを見て、道臣も、あ然としている。

「で、皇后の死の時、師匠は?いったいどういうことがあったの?入れ替わり事件があって、師匠は何者かに騙されて、行方を消したのでしょ?もうこっちはいろいろ掴んでるんだから、はっきりさせなさいよ」

「そうだな、あれは・・・具合が悪くなって、医者を呼んだ。その時に来た奴が、どうやらニセの医者で、毒を飲ませた。それで、その男をまず、捕獲しようとしたが、名前が峰雷光だったのが、峰雷太という名前に置き換わっていて、探してもどこにも、誰も見つけられなかった」

「それが、取り違え事件?」

「ああ」

「それは、本当にその医者した所業なの?黒幕がいるのでは?」

「分からない。怪しいのは、次の皇后を出せる右大臣、左大臣、皇太子の座を狙える我々柑武の子孫、都を狙う叔父の永城天皇一派ら、その息子たち・・・、それぞれ怪しいが、未だ証拠がない」

「師匠はそれで?」

「ああ、その時、皇后のそばにいたから。医者を呼んだのは、常盤御前だ。自分も皇后の死の共犯を疑われ、それを罪に問われ・・そして、姿を消した」

「それって、次の皇太子や皇后に関わるの?」

「分からない。だから、私も次の皇后や皇太子を決めるものか、と思っている」

 清流帝もいろいろ考えているのだ。

 だから、皇太子の座も空白にして、皇后を空位にまでして、待っている。犯人が痺れを切らして出て来るまで。

「だが、右大臣、左大臣らであるはずがない。右大臣らは先代からの側近だし、あえてこういう暴挙を取らずとも、政権を握れるだろう。ゆえに、私はこの皇后の不審死は、大それた政権転覆をする輩でないかと睨んでる、例えば、永城天皇。こんな大それたことをする人間は、あの人。あの人ならやりかねない」

 永城天皇が?皇后を殺した?

 あの夕闇の君の父親が・・・

「確かに、都を襲撃しようとしたぐらいの人だから、何をしてもおかしくないのです」

 そばにいた従者の爺やの敷島が言う。

「帝であった時はわずか3年。その間に奸臣とつるみ、私腹を肥やし、家臣の妻を奪い取ったり、暴挙が続きました。それで、慌てて周囲から先代と交替させられたのです。しかし、その後、再び都を手中にしようとして、兵を出そうとした。そのため、永城天皇の息子だった皇太子も廃嫡となり、我が君が代わることになりました。その粛清の恨みが、清流帝に向けられたのかもしれない」

 なんという、無茶苦茶な人なのだろう。と思ったら、爺やもそう思ったみたいで、うなづいた。

「たしかに、いろいろと厄介な人なのです。しかし、皇統を継ぐ者が、その時他にいなかったため、やむなく。永城帝の野心、いえ、狂気はどこまで辿り着くのか、そら恐ろしいものがあります。永城帝なら、いつでも殺せると・・・暗に脅しているのでしょう。皇后の死は。次の皇后、そして世継ぎをいつでも手に奪うことが出来るのだと。次の皇后、皇太子をその手にすれば、永城天皇もまた返り咲くことが出来るのです」

「だが、まだ永城天皇の仕業と決まったわけではない。次の皇后、皇太子を手にしたら、権力の座に着くのは誰でも同じ。右大臣、左大臣らも疑ってかかる必要はある。他の勢力も絡んでいるかもしれぬ。この王朝には昔からの大勢の家臣らがおり、その王位を継ぐ私は、大勢の恨みを買っているのでな」

 清流帝は言った。

 これが取り違え事件の真相。師匠が姿を消した・・・ 

 清流帝はクズヅラだけど、ちゃんと考えている。 

 私は投げ込まれた石。どう波紋を広げるか、清流帝は見ていたのだ。

(プライドの高い師匠のことだから、皇后の死をむざむざと見て、さぞ、後悔したでしょうね。そして犯人が分からぬことに、さぞ好奇心を燃やしたでしょうね)

 私は師匠のショックが痛いほどよく分かった。己の仕える妃が、目の前で死んだのだ。陰謀を熟知した師匠が、あの師匠がどれほどのショックだっただろう。

 だから、皇后の死の真相を突き止めるために、証拠集めに姿を隠しているのだ。

 ずっと、一人で・・・

「まあ、どうであろうと、私は師匠を探しますからね」

「そんな・・・椎子殿、本気?」

「そうだ。久理子殿の言う通り。危ない目にあったのに。それに・・・」

 あとから何か言いかけたが、道臣は帝の手前、言わなかった。

「私が来たのは最初から、決まっています」

 私はとにかく、体を起こした。

 師匠のことを助けられるのは、この一の弟子、私しかいない。

 こうなったら、徹底的に趣味に走ってやる。

「もし、師匠が困っているなら、一人で、放っておくわけにはいきません」

 久理子も道臣も心配したが、私は布団から起き上がって、拳を握りしめて言った。

「大丈夫よ。脅しなのでしょ。そんなの誤解だわ。私は何も、陰謀に関わらない。サイン欲しいだけって、公言していくわ。私は師匠を探す。私はそのために後宮に来たの。これは止めないわ」

「なら、好きにしろ。私も引き続き、お前が後宮で師匠を探すのを認める。それから、警護を強固にしよう。爺や、兵士の一人に女の確かなのをつけてやれ。よぼよぼではない、若いのだぞ」

 執着帝は、相変わらず厚かましく上目線で、しらじらしく義兄ヅラだが、さぞ満足だろう。

 私が後宮に居続けることが、帝の望みだから。

(にしても、案外、クズ帝のいる位置は危ない。こいつもけっこう、デンジャラス、それを感じてるんだわ)

 こいつのことだから同情はしずらいけど、やっぱり、帝の立ち位置は大変だなとは思わざるを得ない。

 ハラが読めない分、いったいどういう思いで、今まで私を放置して、やって来たのか。帝として、栄君面で大人しく生きて来たのか、邪悪で破天荒さを漂わせるあたり、なんだか、切ないわね。私も後宮に来て、デンジャラスさは味わったから。

 としても、姉や姉への画策を見る限り、こいつ自身がとっても、やっぱり、超危険デンジャラス・・・

「じゃあ、私も椎子殿つきにしてください」

 この機会に久理子はちゃっかり申し込んだ。

「好きにしろ」

「よし、やった」

 久理子にしたら、鬼上司のいじめから逃げられて、命からがらの脱出だったに違いない。

「犯人のことは、こちらに任せておけ。いつかきっとお前を襲った犯人をしょっ引いてやる」

 その最後の言葉を言う時だけは、きりっとしていて格好良く、クズズラも見ようによっては、引き締まる。あれ?意外な側面。これは、多少、奥さんがたくさんいるってのはある、かもしれない・・・

「それに、右少史」

 けど、清流帝はすぐにどんよりと曇った目をして、邪悪さを漂わせるだらしない男に戻っていた。

「は」

 私が引き続き捜査すると言ったから、不服そうな道臣だ。

 でも、帝が普段の邪悪な表情をして、不穏な気配を漂わせているので、かしこまって控えた。

「お前ら、仲良いんだな。知り合い?」

 戸惑う道臣を残して、そう言ってニタニタしながら、帝は帰って行った。

 後宮にいるところを責められると思ったが、帝はさすが栄君聖君だ。些末なことは見向きもしない。

「良かったですね。お咎めなくて」

 最後にまた、爺やが戸口から顔を出した。

「まあ、知り合いなどはけっこう遊びに来られるので、帝も細かいことは言いません。身内とか親戚とか、結婚相手とか、公認の仲なら」

 なんか、含み合笑いをしながら、爺やは帰っていった。私と道臣を見て、口元に手を当て、むふふと笑って。

 公認の仲?

「公認の仲ってのは、へえ?」

 久理子がまじめな顔して、質問するから、私と道臣は余計に、慌てて、顔を赤くして、汗をかいてしどろもどろになる。

「ああ、良かった。不倫ものの続きが見られる」

 と、久理子も妙なことを言い出した。 

 私ははあ?と思って久理子を見ると、久理子もむふふと笑っている。

「なんか、怪しいですよね、右少史殿と。本当は熱愛なのでないですか?」

「ち、違う、友達よ、物々交換しているだけ」

「本当に?密通なのでは?」

「そ、そんな、後宮で密通なんて、聞こえが悪い」

「そうですか?帝の妃になって間もない上に、その前から男を通わせ、そして不倫、密通、逢引、逢瀬を重ねていますよね?」

「そ、そそそ、そんなはずは。何なの、その罪状のてんこ盛りは、聞こえが悪いって。そんなこと、恋愛初心者なんだから、するわけないわよ」

「ふふふ、いつか、真実を知りたいです」

「い、いや、あの、いつからそんなことを思ってたの?えーと、期待はしないで。密通、密会、不倫、逢引、逢瀬はやりませんから」

「ふふふ、そうは言っても、本当はそうなんでしょ?」

「久理子殿、な、何を言ってるの?」

 久理子も私の部屋に通うようになって、如月尚侍物語とか読んで、物語に目覚め始め、不倫モノや恋愛モノに手を出すようになっている。それで、まさか・・・

「そう言えば、そういうのをたらふく読んでいたわね、久理子殿、最近、あんなものに染まってしまったのね」

「だって、面白んですもの、椎子殿が悪いのです、あれを持っているから」

 久理子は指摘されて顔を赤くして、ぷんと頬を膨らます。

 ああ、友達が恋愛不倫ジャンル物に落ちた。なんて、後悔しても遅い。もう取り戻せない。

「ねえ、どうなんです?椎子殿もまんざらでもないのでは?」

 久理子が横から私をつつく。

「な、何を言って・・・」

 そんなこと言われたら、私と道臣はもう、大変よ。 

 不倫、密会、逢引など言われたら、もう、襲撃犯人のことや、師匠の事件なんか忘れて、慌てふためいた。

「い、いや、これは、そういう僕はつもりではなく、椎子殿に評判が傷つくと思って、そのように言われたら、私のような者など、大納言の娘殿の椎子殿にどんな噂になるやら」

「そ、それは、右少史殿にも悪いわ、そんな聞こえの悪いことが広まったら」

「い、いや、けっして、これは嫌とかでなく、椎子殿に妙な話がついて回らぬためで。いや、僕は決して椎子殿が嫌とかではなく、嫌なことをするのは悪い気がするので。ただ、僕はその、椎子殿に悪いと思って言っているのであって、決して仲を疑われて嫌とは言っておらず」

 その道臣があまりに必死だったから、私もさらに必死で言った。

「え、ええ、お互い、そうよね、嫌とか嫌いとかでなく、噂が広がるってのは出世に響くし、人の口に戸は立てられないし、そういうことで、変な噂がついたら、右少史殿にも悪いわ。そう、嫌とかそういう話でもなく」

 私と道臣はあーとかうーとか言って、しきりに悪いとか言いながら、お互いに言い訳をしてしまい、どちらが悪いかで、なんだか最後は言葉が続かなくなって、何も言えなくなって、黙った。

 それを見て、さもおかしそうに、久理子は、くすくす笑ってる。

 久理子殿、あなたの爆弾発言のせいですからー!

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