第28話

「私、弘徽殿女御の部屋に行った時、相当、怒られたの。たまゆらの君のところでも、もっと怒られた。久理子殿は、何か宝来の白銀のことは知っている?」

「古くは竹取物語に端を発する秘宝の話です。これは内裏の秘宝伝説と言います」

「内裏の秘宝伝説・・・?」

「はい。竹取物語で出た蓬莱山にあるという、白銀の樹木の実が、かつて内裏に遣わされたとか。しかし、盗難されたか、行方不明になりました」

「そんなもの、ここにどれぐらいあるの?」

「そりゃ、ここは天孫の治める朝廷があるところですから、三種の神器、十種神宝、日本神話や古事記に関わる大事な宝があります。それとは別に、民話や伝承で伝えられる宝もあります。それは真偽は定かではありませんが、ちまたに溢れています。昔話や奇譚の類の宝、ですね」

 三種の神器って、神代の時代から続く宝よね・・・?

「それが、50年程前の昔・・・時の帝、柑武帝の時、支配権を握る右大臣、藤原織継と、勢力を盛り返そうとする左大臣派の争いがありました。その時に大勢の反逆罪処分が多くあったそうです」

「内裏は政変ばっかりね」

「そうです。穏やかな時代はむしろ稀ということですね」

 久理子はいったん時を置いて、それからとうとうと流れるように言った。 


「宝来の白銀はその時の争いの種だったとも言われています。宝来の白銀の木は手に入れた者が、至福の幸運を手にすると言われ、内裏の頂点に立つのでないかと言われてました。だから、古代から時の政権は、宝来の白銀を争って得ようとしたのです。

しかし、行方知れずになり、内裏では不吉、反逆の狼煙、謀反の証拠とされ、挙句、御法度のものになりました。朝廷は警戒を続けていて、話題になるのも神経を尖らしています。同時に、検非違使や各国司が捜索を続けさせるも、いまだに発見できずにいます」

「宝来の白銀がそのようなものであったなんて、思わなかった。単なる竹取物語の財宝かと思っていたもの」

「それはそれであるもので、これは政治に絡んだ逸話です。そして、こっちはもっと火種になるものです」

 さすが久理子。物知りだ。

「歴史的に、権力争いの道具になったので、時の勢力も、帝らも、表に再び出ることを危惧しております。その宝を得た者が、朝廷で権力者になると思われていますので」

「もし、出て来たら、どうするの?」

「朝廷に見つかったら、噂を広めた者まで、厳しく処刑までされます」

「処刑・・・?どうして、そこまで」

「宝来の白銀が出てきては、また争いの火種になると分かっているからです」

「それってもし、良からぬ勢力が手に入れたら、どうなるの?」

「さあ?竹取物語も宝来の白銀も、あくまで伝説。そんな宝が本当にありますか。あるのかすら、分かりません、誰も実際、手にした者はありません」

「そんなものを争って、大丈夫なのかしら?そのような神秘なもの」

「嘘でもいいわけです。椎子殿はまだ内裏を分かっていませんわ。朝廷権力というのは、相対的で、絶対的なものなのです。その座を得るというものなら、時の権力者は、何だって相争って得るものなのです。嘘でもそこにあったら、飛びつくのです。ここ宮中では、栄華と繁栄、それを皆、夢見る所ですから。でも、偽物はたいてい、後からバレるので、偽物を作ってまで政権を獲る輩はいませんわね、さすがに」

「そういうもの?そういうものなのかしらね」

 私には分からないわ。だって、私なんか、師匠を追いかけることしか考えてないから。

 栄華ってのは欲しい。そういうものかしら。

 白銀の宝来がそんなものだったなんて、知らなかった。

「これは単なる秘宝伝説ですが、本来の、三種の神器が誰かの手に渡ったらどうでしょう?それは怖ろしいことになります」

「そう言われたら、そうね」

 三種の神器は、天孫降臨の時に、天照大御神が天皇の祖先となる者に授けたものだ。この国を治める者の証。

「三種の神器って、ここにもあるの?」

「ええ、ここには歴代の帝の財宝、財貨、資産も、御蔵には納められています。尊い経典、尊い巻物、尊い瑠璃杯、尊い刀、尊い・・・ありとあらゆる財宝が揃ってます。なにせ、都の中心、帝の居城ですので。ゆえに警備も大内裏の外郭、内裏の内郭、数々の門や隔壁によって守られています。警備も六衛府が守っています」

 竹取物語と若竹物語はいわば、創作で、実在の人物とは関係がないけど、若竹の君と、つまり忍坂道臣という人物とは何があるのかしら?

(何か関係があるとなると・・・)

 それは前から思っていたことだ。あるとなれば、それもおそらく、秘宝伝説・・・?そんな、まさかね。

「まさか、あの若竹の君が、秘宝伝説に関わるのでしょうか?」

 私と同じことを思ったらしく、久理子は言った。

「あの人は違うと思うわ」

「そう?せっかく知り合ったのですし、探ったらどうでしょう?」

「さぐりを入れてみたけど、あの人じゃない。あの人、この後宮で大人しく黙って仕事して、自分の役割をこなしている人よ。出世も望んでない」

「そうですか。なら、若竹物語は天女を追いかけて行く話でしょう。竹取物語とは別物かしら」

「ううーん、それは、どこかでつながってないかしら?あの師匠が竹取物語を読んでただ、書いたってのがあんま、ピンと来なくて」

「椎子殿は、師匠の第一番目のファン。ほんとはもう、分かっていたりするのでなくて?」

「い、いやあ、それほどでも」

「若竹の君からもお気に入りですものね」

「い、いやあ、そっちもそんな大したものでもないの」

 なにせ、ライバルは天女だし。

 唐国まで追いかけていくほど、想いが強いのに・・・

 私は思いっきり久理子の肩を叩いて、久理子に痛がられてしまった。

「でも・・・弘徽殿女御も弘徽殿女御も、そんなものを欲しがってるなんて、危険なのに、知らないのかしら?」

「たぶん、デマでも、寵愛となると、欲しがるのでしょうね」

 そういうものなのね。



 そうかあ。後宮にはいろいろな勢力や思惑が入り込んでいて、入り乱れるのね。

 それで権力闘争が起こって、帝は勢力の均衡を気にしている。

 私が後宮に来たのは、意外と根っこが深いかもしれないわね。単なるあいつの片思いかもしれないけど。

 今の情勢では勢力対立の抗争はずっと続くだろうから、生半かなことでは、私、外へ出られないかもね。

 でも、まあ、出るけどね。そういうところ殊勝な心掛けのことはしないと思う。私、けっこうわがまま姫君だから、そういうところは根っから、姫君に出来ているのよね。

「何やら煙おすなあ」

 偉い何某という僧が呼ばれ、後宮でも低い読経の声が続き、もくもくと煙が上がった。

 読経をする場には大勢の人が行って、集まるし、女御様方もここぞとばかりに勢ぞろいし、我こそが帝の御ために読経に励んでいる。

 後宮がいかに寵愛争いがあり、物騒なところか分からされたと思っていたら、次は得体の知れない読経か。

 読経で何やら燃やす匂いがあたりに立ち込め、低い低音がずっと聞こえ、暑い最中だ。空気がむっとしている

「何があったのですか?」

 私はちょうど図書寮へ行く用事があったので、渡殿を歩いて、おばさん女官に声をかけた。

「分かりませんが、何か穢れでもあったのでしょう」

 おばさんは口にするのも嫌という顔をして言う。

「何やら、誰かが死んだみたいで、それが妙な死に方で、呪いがあったのだとか、祟りがあったのだとかで、内裏も大騒ぎです」

 内裏は帝のおわずところでハレの場でなければならない。ケがあれば、その原因やものを祓わねばならないのだ。

 うちでも物忌だの方替えだので読経が続くことがあるが、それが帝のおわす内裏ならさもありなんだ。

「これはこれは」

 後宮と紫宸殿の間の廂まで近づいたら、誰か声をかけて来た。

「帝のお気に入りの椎子姫でないか。ちょっとこちらに来て、お酌をしなさい」

 人の少なそうな渡殿を渡って、ひょいと次の殿閣に入って誰もいないと思っていたのに、南廂の中にあのおじさんがいたのだ。

「なんでこんなところに?」

「いや、ここで帝と会って帰るところだが、話が混んでいてな。先ほどまで続いていたのだ」 

 黒い衣袍を来て、長い烏帽子を被って、衣も身に着けるものも上質で、きらきらして、今日は高官らしい姿だ。

「右大臣様は、常盤御前と何か関係があるのですか?」

 普段、梅壺のわがままな振る舞いを見ている今、おじさんも好意的に見られない。

 とりあえず、右大臣のおじさんは娘に甘い。甘いからああして、つけ上がるのだ。

 おじさんも、娘可愛さに、どこまで手を回しているか分かったものでない。

 そもそも、だ。朝廷一の権力者だ。誰よりも一番怪しいと言えば怪しいでないか。常盤師匠の情報を、一番知っていてもおかしくない。

「おいおい、この私にそんなことを聞くのか?」

 この扇も持っているのに、この人も師匠の物語に興味があるはずだわ。

「そうだな、あれは私が先代に仕えていた頃からいたが、詳しくは知らぬ。後宮の一女房のことなど、いちいち追ってはおられぬよ、私は他で忙しい」

 内裏が権力闘争の場となると、右大臣も本当のことを言っているのか、疑わしくなって来る。

 右大臣様は、何か隠していらっしゃる?

「あの人は陰謀を詳しく調べ、物語に活かしていたが、そのせいで陰謀に巻き込まれたかもしれぬ」

「仲が良かったのですか?」

「後宮の女房だ。いくら私が権勢家だとしても、気安く近づける相手ではない」

 右大臣は私の疑り深さに気づいて、おかしかったのか、ぶっと大笑いする。

「そういや、そういう陰謀で、恨んで死んでいった者たちに恨まれたかもしれぬな」

「恨み?」

「そうだ。内裏には鬼が出るぞ」

 くつくつ笑って、ますます、私を煙に巻く。

 背後には今も読経の煙が立ち昇る。ますます怪しく見える。

「案外、常盤御前も呪いを受けて、殺されたかもしれぬ」

「呪い?いえ、あの師匠なら、呪いなどぶっ飛ばすのでないでしょうか。誰よりもどろどろした陰謀を書いていましたから」

「何、呪いすらぶっ飛ばすのか。お前の師匠は。いや、しかし、ここは禁中。あまり不吉なことを言わないようにしなさい」

「何か情報がありましたら、知らせてください。そうしたら、私はこの後宮から出て行きますから」

「ほんとに?権勢の頂点に立てるかもしれぬのに、後宮の輝かしさに未練はないか?」

「ありません」

 そう言って、私はそうそうにその場を離れた。

(本当に、本当に知らないのかしら?)

 梅壺に私を狙わせて、一方でこんな扇子をくれて、いったいどういう気よ? 

 右大臣も疑惑濃厚。政治の中枢に居座っている男だ。

 先の皇后の死は、梅壺のイジメられたから、とも噂もあった。

 私も疑り深い性格だ。いったん行ったふりをして、廊下の壁からそっと相手を伺った

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