第24話

「ここ、陰謀だらけなの?」

 陰謀にかけられた私。

 そう証言できる。

「陰謀とか計略とか言うのは、あったってあながち、おかしなことでもありません。内裏では陰謀や政変は毎度のことです。ここは朝廷の、政治の中心なのです」

「確かに」

 久理子が言うのも最もだ。ここは後宮、都の政治の中枢。 

「政治では、都が京の都に置かれる前から、いろいろな事件が起こってます。私の知る限り、内裏の事件は多いですわ。

 追放怨霊事件・・・わざと密造した文書を潜ませ、謀反の罪に擦り付けたが、その後、関係者は次々死没し、呪いと言われた。

 牛の刻参り事件・・・内裏では禁忌の呪いをかけた妃がいて、秘かに処分された

 横領事件・・・権勢を極めた公卿が逮捕、一族郎党処分を受けた

 右大臣事件・・ときの右大臣が皇太子を廃嫡しようとしたと密告され、蟄居を命じられた」

「う、牛の刻参り・・・?」

「誰かを呪うってことも多いです、ここは」

 だ、内裏って・・・

 う、怖い。

「あとは、スキャンダルもあります。

 駆け落ち事件、身分の低い貴族と帝の妃が密会し、追放された。

 女官の密通事件・・・帝の女官が高官と密通し、処分された。

 賄賂をもらい、後宮を取り仕切っていた女房が、一斉に衛府に捕捉された」

 み、密通・・・

 あれ?どうしてどきどきするの?

 道臣とは別にやましいことをしているわけではないのに。

「凄い事件の数々ね。本当に、この内裏で起こっているなんて、信じられないわ」

「これぐらい、物の数ではございませんわ。毎日ぐらい事件がおこってますもの、この内裏は、ここはそんなところです。それはもう、都の中心、国の根幹ですからね」

「そう言えば、開国以来、政変ばかりだもんね。蘇我氏と物部氏の争い、皇位継承争い、謀反の疑いをかけられ、粛清されたり、一方で平将門なんかの地方の反乱も起ったり、それが謀反とか逆臣の一族として、皆、時の政権に殺されてしまったのでしょ?」

「しっ、椎子様、大声で言ってはいけませんわ」

 久理子は怖そうにしながらも、一方で円座に座って平気で揚げ菓子をぼりぼり食べてる。

「内裏は、王朝が開かれた時からの豪族や貴族が居残っている場ですから、中には滅んだ一族も、謀反や流罪の人もここにはいますし、勤めにままた戻って来ています。ここは、いわば、そういう怨念や因縁の集まりです」

 どうやら、私がのんびりと冊子を読んで過ごせないには、理由がある。よく分かった。周りが騒がし過ぎるのだ。

 例えるなら、朱雀大路すざくおおじ冊子を読むようなもの。

 ああ、読書しようと来たのに、周囲がうるさかったのね。

 まあ、邪魔されても、それでも、読むけどね。

「今の清流帝も、先代の粛清により、皇太子廃嫡後、新たに立てられた後継者ですよ」

「あいつも?でも、それは父から聞いたことがある。先代が粛清したと。先々代が謀反を起こしたって言ってたわね」

「先々代は、都を襲撃しようとしましたから、先代の粛清を浴びました。その時の皇太子は先々代の皇子だったので、今の清流帝に入れ替えられたのです」

「襲撃?何でそんなこと」

「この都を再び、己の手にしようとしたとか」

「ひえっ・・・」

「政治の世界では、考えられないことも起こるのです。ほら、さきほど、椎子様も言われた。平将門の乱もそうです」

 そうなの?

 私、のんびり家で本ばっか読んでいたから、知らなかったのよ・・・

 内裏がここまで不穏だったってこと。

「皇后と皇太子の座が、今、空白なのですよね、そう言えば。そう思うと、何やらきな臭くなってきましたね。今回も後継者争いで、何事か起こるかもしれませんね」

「え・・・」

 う、ありそう。

「襲撃の先々代も、まだ旧都のほうでのうのうと生きていますよ。今も先々代が都を狙っているというのは、公然の事実です」

「内裏って、平和に過ごしているのが変なぐらいね。追放されたり、戻ったり、殺し合ったり、共に働いたり、騙し合ったり、奪い合ったり、不穏よ、不穏すぎる・・・」

「確かにそうですね」 

「ねえ、清流帝の周りって、皇后は死に、兄弟も、御子も何人か死んでるのって・・・?」

「そうですね、死んだ皇后は病死と発表されていますが、何やら毒殺されたという噂もあるのです」

「えっ・・・それって」

「私も先ほど、長池殿から伝え聞いて。これを椎子殿に言っておいておくれよ、シメシメ、いいもん手に入ったぜみたいに言って、甘栗を持って来て、私に嬉々として耳打ちして、そのあと、出て行ったと思ったら、すぐ、しょっ引かれていましたけど・・・」

「甘栗・・・長池殿、捕まる前まで、ちゃんと付け届けしてくれてたのね」

 最近、長池殿から私のところへ、付け届けが届くようになっていた。私が役職がついたので、何か得になると算段をつけたのだろう。

 落ち着くために、私達は、長池殿の置き土産の甘栗を食べながら、柑子こうじを蜂蜜に漬けたものを溶かした温かい湯を飲んだ。

(もし、皇后の死が陰謀なら、それに師匠が巻き込まれた?いえ、自ら率先して陰謀を調べているかも)

 私は聞いて、全身が震え、頭の毛が逆立つほどだった。

「そういえば今生きている、歴代の天皇で、毒殺した天皇はいます」

「だ、誰?」

「先々代の永城えいじょう天皇ですよ。先代加賀かが天皇の兄弟。柑武かんむ帝の異母兄弟。清流帝の叔父、さっきも言った粛清された天皇です。都を襲撃しようとした天皇。その永城天皇は在位中、異母兄弟を、謀反の罪で疑って、毒殺したことがります」

「え、なんだか聞いてると、すごい天皇ね・・・」

「だから、三年ですぐ譲位させられたのです。本人こそ周りから責められて、慌てて譲位したとでも言いますか、しかし、すぐ都に戻って来ようとした、襲撃で。夕闇の王子の父親ですよ」

「え・・・それが、夕闇の君の父上?」

「はい。内裏では人気者で振舞っていますけど、あの人もワケアリなのですよ。それゆえ、不満を感じる者は多いでしょう。女関係だけでなく、その血統、背景にも不満を抱える者は多いです。皆表には出しませんがね。ですので、内裏では弘徽殿と同じく、夕闇の皇子も、昔、反逆を起こした永城天皇のことは禁句です。夕闇の方も今の朝廷では、まだ皇太子は決まってませんから、周りから担ぎ上げられるのに、神経質になっているようです」

「あの人も皇太子候補になるの?」

「お血筋で言えば、文句ありません。ですが、左遷や追放の声も多いことは確か。人気が凄いので、かき消されてますが、夕闇の皇子もお上が贔屓にするので、内裏に留まっていますが、今後、内裏ではどう転ぶか分かりません」

「あの人が?左遷間近なの?」

「どうやら、帝の妃にも手を出したとか」

「どんだけ、女・・・」 

「そうですね。もう男前ですから、どこでも手を出せるのでしょうが、女の噂はそれは多くて、右大臣も左大臣も、そこは憂慮して、不届き者だと、帝に奏上があったとか」

 そりゃ、そこらへんの女に、手つけられたらね。やさもさ言われるわよ・・・

「その上、帝の妃まで、とあっては、そこは禁断の相手です。ですので、朝廷ではかなり激しい反発があったそうです。朝廷から追放しろと。しかし、帝がそれを止めたのだとか」

「追放って、あれ、本物の追放?左遷とかのあれ?」

 あの人の憂いに、ただならぬものを感じたけど・・・

 女、父親、帝という関係があったんだ。

 夕闇の君があの隠れた殿閣で、毎夜、酒を飲んで、女と戯れているのを見たけど・・・

 世界一かもしれない色男。麗しい綺麗な目で色気が立ち昇り、整った目鼻立で、すべてが完璧だと思ったけど、それはもう想像もできないほどの憂いがあったんだ。

「まあ、夕闇はん、そこにいはったん?またそないに憂いはって、男前が台無しやわ」

「私はそう憂えてない」

「そういう夕闇はんは、憂いの皇子とも言われるんですえ」

 あの時、聞いた声を思い出す。

 夕闇の王子が黄昏ているのは、そういう事情があったからか。

 私は改めて、知る思いだった。

 見映えの良い世界で、豪勢に振舞うトップで、内裏に君臨する華々しい人かと思っていたけど、きっと、どうにもならない思いを抱いてるんだ。逃れられない宿命を背負って・・・

 せっかく親切にしてくれた人だから、お礼なり何かしたかったけど・・・

 どうにも遠い、難しい人だ。やはり・・・ 

(それにしても・・・)

 女・・・

(あんの帝、これだけのことを、つつじケ丘の続きが知りたい?)

 まったくもって嘘。

 皇后は、いわば帝の最大の後ろ盾。

 御子など、そういう人たちを失ったというなら、帝にしては最大の損失だわ。

 皇后の死も、周りの死も、あいつ、あんなのでも、周りから勢力を削がれてるのかも。

 右大臣と左大臣との力の均衡を計りたい?と言ったのも、あいつの本気の本心かもしれない。たぶん、執着心は本心だけど。

 まったくこんなことを言わず、恋文書け?

 本当は、自分を脅す勢力をどうにかしたい、が正しいのじゃないの?

 ふざけたクズの讒言にころっと騙された。

 あいつ、裏がある。ちゃんと内裏のことを考えている。

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