第23話
「おお、こわ。あんたも誰かの恨み、買わんとき。裏で誰とつるんでいるか、分からんよって」
どたばたと兵司に引っ張っていかれて、長池殿と北川殿が言い争う声が響く中、弘徽殿女御の部屋にいた女房が私に言った。
声の主かと思ったが、よく見たら、厚塗りで白仮面になるほど化粧した弘徽殿女御の女房だ。
(なんだ、単なる嫌味か)
結局、「声の主」も情報も何も得られなかった。
確かに北川殿と他のつながりも気になる。私は北川殿のあとをつけた。
「まったくあの女ったら、帝の御寵愛を得て、調子に乗っているに違いない」
「そうよ、藤原家の娘だからって、偉そうに。姉の代わりに、自分が帝に入内すつもりに決まっておる!」
北川殿を追って行ってみると、後宮の外れの建物の影に仲間たちと共に集まっていた。
「北川殿、ここは上級女官として、断固として阻止せねばなりまへんえ」
「分かっておるわ。あんな奴にのさばらせてたまるものか」
「そうは言っても、この度はそちらの落ち度でないですか」
そこへ、とある男が北川殿の横に現れた。
あの日、左大臣といる時に、ぶつかって、怒られそうになった嫌味な男。日下部だ。
(あ、あの男、北川殿とつながっていたのか)
「梅壺の手先である長池殿を使い、梅壺の命令と思わせ、梅壺と証拠もろとも、検非違使に突き出して処分するはずだったのに、見事にやり返されましたな」
「さすが腹黒いだけあって、やりおる。甘う見ていたわ。来てそうそう、私に恥をかかせおって。あの女め、この私を引っかけるとは」
やっぱり、あれは私を陥れる計画だったのね。
ほんと、後宮ってところは、陰湿。
「やれやれ、上へ上がりたいと言うから、お前の計略をお前にさせてやったのに、ぶざまに失敗しおって」
「な、何を」
「こちらが運んだ筆は后妃の筆。それを目にしていながら、お前の目は何を見ていた。弘徽殿女御様には協力をしてもらわなかったのか」
「弘徽殿女御さまは計略などに加担せぬ。させられぬ。それに、帝を純粋に思うあまり、あの方は動かぬ」
「言い訳はいくらでも出来る。まんまといっぱい食らわされおって。お前と内裏を取り持つ私の立場まで、危うい。此度は左大臣派が助けてくれたから、事なきを得たが、次回はこううまく行くとは限らんぞ。まったく迷惑な」
「な、なにを、不敬な、位階が上の私に向かって」
私の胡蝶の模様に目を止めた男は、相変わらずつんけんで傲岸不遜。相手を軽視した態度だ。
「まだ上には私に合う役職がある。そのためには、女御様方の役に立つことなら、何でもやるつもりだ。もし、私の功績が認められ、女御様、ひいては大臣たちに取り立てられた時には、日下部、お前、見ておれ、今の言いざまを泣いて詫びさせてやるからな」
「お前に先を越せると思っているのか。お前が上がる前に、俺が上へ上がっているわ。心配してやったのも有難く思え」
「な、何い、この北川を何度も愚弄するとは」
「おい、こっちへ荷物を運べ」
そこへ人が大勢通って、日下部は子分ともども姿を消した。
北川殿は、消えた先の男の行き先を忌々しそうに見る。
「おい、荷物はこっち」
大勢の人が荷物を持って移動していった。
北川殿がこちらを向いて、何かを伺う気配だったので、私も近くの木に上った。
人が行ってしまうと、北川殿は放心したように、独り言を言い始めた。
「それにしても、左大臣様も腹黒いお方。右大臣が一人勝ちしているので金儲けで地方に手を伸ばしながら、私らに、金も出さぬ。感謝もせぬ。そのうえ、あんな男を遣わし・・・ええい、忌ま忌ましい。皆が皆、私を愚弄しおって。左大臣も弘徽殿女御も、今にみておれ」
私は考えた。
(つまり、筆事件は、梅壺女御や私を犯罪者として仕立て上げる北川殿が仕組んだ自作自演だった。私を検非違使に突き出して、それを手柄にして、出世する気だったんだ)
私も危ないので、すぐその場を離れた。
(後宮で威張り散らすのが北川殿)
帰り道、後宮内の庭の道を、てくてくと歩きながら、私は考えてみた。
(もし、私が筆事件で罪人になったら、梅壺や弘徽殿が大喜びし、北川殿に上の役職を与えただろう)
陰謀があり、殺し合いがあり、寵愛争いがあり、ここは姉には本当に無理なところよ・・・
北川殿だって、己の出世のために、どこまで考えているのやら。
(ありゃあ、長池殿とはどっこいどっこいの、同じ出世の鬼タイプだわ)
でも、長池殿のほうが何倍もマシ・・・いや、似てる。いっしょだ。
(これが、内裏の陰謀ってわけね。北川殿の上昇志向は凄まじい。長池殿よりも、出世の権化だわ。何をしでかすのか。これからも、注意しなければ・・・)
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