第二章 恋渡る 雲ゐ遥かに 夢見草
第19話
「この項を読んで、君は悲しいと思ったその起点はどこだい?」
「ええと」
若竹の君が私に部屋に来ている。本を貸し借りする間柄になろうと言って、それからすぐ、道臣は私の部屋に来た。心配せずとも、明るい時刻だ。部屋の隅で読書している。来て何をするかと思ったら、読書だ。特に何をいうわけでもなく、静かに読書している。時折、くすっとしたり、何気なく顎に手を持っていったり、読書。
所詮、オタク同士だから、互いに読書している。同じ部屋で。
そうかと思ったら、
「出来たら、読んだ感想を教え合うってこともしないかい?君の考えや感じたことを僕も知りたい」
と言い出した。
(きゃあ)
ちょっと、ちか、近いんですけど?
狭い部屋だから、若竹の君が肩を触れ合うぐらいそこにいて、はーとか髪をぐいっとかきあげたりするしぐさとかが、私の肌身に風となって触れる。
部屋に来て、二人っきり、て、いきなり。
「この歌より、こっちの歌のほうが良いんじゃないかな?」
帝から、業務外だけど、命じると、姉への
(私、今、帝のために姉への
もう万策尽きたので、妹の私に原本を作らせることにしたらしい。私のほうがツボを心得ているだろうって。
けっ。
「どっち?」
道臣はおもむろに動き出し、私の
「書いてあげよう」
道臣はふだんは本を読んで寝そべっているが、たまに気を起こすと、何やら書いてくれる。
私の横に来て、筆を取り、文机の上の紙にすらすらと書いていく。
綺麗な字だ。さすが、遣唐使に取り立てられただけある。大学寮ってところは、まず字が達筆でないと出世できない。
「助かるわ、私、和歌が苦手で」
「和歌がほとんどなのに、物語は」
「読むのは出来るの。でも、考えるのは苦手で。ありがとう。どれどれ・・・?」
「あしひきの
「あしひきの・・・こっ・・」
すぐそばで耳元でささやかれるから、心臓がどっきりしてしまった。
「山桜花、一目でも君と見れたら、これほど恋しいとは思わなかったでしょう」
「こ、恋・・・?」
「そ、恋」
恋とか、何気なく言うことだけど、私も普段使っていたけど、なぜか、道臣が言うと意味合いが違う気がするのは、何故?
「ん?」
私は相手を押し戻して、しどろもどろになって背を向ける。
「あ、あなたねえ、急に、解説などしないで」
「言っちゃだめなのかい?」
わーん、そんな耳元でささやかないで。
「なんだい、単なる恋と言っただけだよ。姉君への文に書く単なる和歌だろう?どちらを選ぶかだ」
「あ、ああ、そうね。こっちのが良いかも」
道臣は普段、和歌や試作などで言い合ったりするのは慣れているだろう。文章生を教えたり、学者先生同士で意見を言い合ったり、でも、こちらは西松と遊ぶ程度で慣れてない。
「あ、誰か来た。そろそろ、行くよ。また来る」
道臣は注意して、誰とも出会わないように帰って行く。急に来て、急に帰る。その早わざ。敏捷だ。宮中の官吏らしくない。
(ぱっと来てぱっと帰った)
大人の学者先生だ。意外と、自由奔放、変わり身が早いのね。
オタク同士で、妙にぴったり息が合うの。
でもオタク同士、いったい何の時間を過ごしているの?これって何かしら?
大らかな人だから、そばにいてくれたら嬉しいのは間違いない。
後宮に来て心細かったから、同じ趣味の友達がいると、安心できる。
(黙ってダンマリして、本を読み合って、帰って行く。妙な友達出来た)
帝が「お渡り」で来てから、私は「図書寮特別複写史」だとかの職名がつき、部屋で帝から与えられた御本の複写もすることになり、以降、何やら特別視されるようになった。
役職だけで、特に位階はないので、無位無官のそこらへんの女官と変わりはない。
しかし、帝と何やら関係があると思われてしまったから、後宮の女たちの目がころっと変わった。
「何、あいつが帝の妃になった?」
と、後宮の二大、梅壺女御、弘徽殿女御は敵意剥き出し(戦闘開始)。
「おまえ、梅壺女御様に生意気ぞ」
「最近の若い子は、男を誘惑することが上手おすなあ」
もう、すれ違っただけで、取り巻きたちから文句を言われる始末。
その他、帝を狙っているだの、厚かましいだの。取り巻きの女房たちに、廊下の歩き方がなってないだの、人ってこれだけ文句が言えたものだというもののぐだぐだ、ぶつぶつ大量生産。注文はしてないのに。
「目障りな、書など持って、わざと見せつける気かえ」
単に本を運んで行っただけなのに、傍を通ったら、ぎろっと梅壺女御なんかに睨まれてさ。
(誤解って、何もなかったんだって。ほら見て、ここに書いてある)
なんて、身振り手振りで言い表そうにも、聞く耳持ちそうにない。
その他も、何かがないだの、何がお前のせいで消えただの。各後宮の女たちのやり玉になって何にしてもあいつのせいじゃない?と言われ、私は「お渡り」以降、何かとストレスが溜まる生活。
おかげで、私は部屋から出られないぐらいだっちゅうの。
(あーあ、今は耐えて師匠探すしかないかあ)
まあ、貴重な本を頂いたから、外は喧々囂々の嵐であっても、私にとっては最上の宝物がそばにある。心の中は、言葉にならない感動の嵐が吹き抜ける。
(あいつによってというところが、憎らしいけど、夢みたい。これで、分析できるか分からないけど、やってみる。少なくとも一つの手がかりになる。これは紛れもなく、師匠の書きつけ(直書き))
これは、私への賄賂、感謝、付け届け、ということね。帝もさすが、内裏の王。やっぱりやることは天下一品。誰にもマネできない極上の品だわ。
(ま、いっくら、すり寄って来たって、帝の命令でも、姉の気持ちまでは操作できないけどね。あの姉なら、嫌なら嫌ってはっきり言うわ。カワイソ)
そもそも、ここに大量に妻がいるの、無理。
私も、こういうキツイ寵愛争いも見た後では、到底、お勧めできないわ。
それに帝のあの傲慢さ。勝手気ままさ、人の話の聞かなさ。あれもね。
私なら、物語を多く読んでるから、風変りも少々クズでも、対応可能な柔軟さは備えているけど、野原を駆け回るタイプに、無理でしょ。
(そもそも、奥さん大量にいるのに無理。姉をこんな妃や愛人ばかりの後宮に入れようとしたりしているのって、本物のクズかもしれない)
とにかく、師匠を見つけなくっちゃ。
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