第17話

 その時だ。

「こーいつ」

 と、突然、私たちの間に闖入者が入って来た。同じ舞人の衣装。昨日会った丸い顔のやんちゃくれがまた出て来た。

「なんだあ、舞が終わったら役人たちの接待って言ってたのに、早々にどこかに行ったと思ったら、こんなところでさぼっていやがったか、何してやがんだ?」

 道臣にしがみついて、ぐいぐい引っ張って、子供がじゃれているみたい。仲が良い。まるで違うタイプ同士だが、上手くいくのだろう。

「なんだあ?あれ、この子?昨日会った」

「この子は大納言殿のご息女だ。失礼をするな。椎子殿、こいつは、宇多大和うたやまと

「お、大納言のご息女か、元気?よろー」

(軽っ)

 宇多と言う名は、臣籍降下した元王族の一族だ。

 だから、少々自由奔放で、横柄でも許される身分なのだろう。酔っぱらっていると思ったが、素面でこのような子供っぽい性格らしい。昨日も、あれで素面しらふだったかもしれない。 

「まーさーか、まだ例の病気を他人様にぶつけてたんじゃないだろうな?」

 相も変わらず、言動も子供っぽい。

 やんちゃな男は、初対面でも臆することなく、私にも気にせず話かけ続ける。

 あれほど苛烈な旅をした道臣と同類とは本当?この人も遣唐使とは思えない。

 遣唐使にもいろいろいるものだ。

「こいつ、書物に書かれた天女の話を信じて、遣唐使になって唐国まで探しに行っったって言ったろ?だから、こいつがモデルだったんじゃねえ?って、言われているんだよ。だが、唐まで行っても見つからなかったらしい、な」

「そう言うな。確かに、そうだが」

 やっぱり、物語の若竹の君と同じなんだ。初恋の人を追いかけて、唐国まで行ったんだ。

「で、天女らしき女性を見たら、天女って毎度、聞くんだ。でも、毎度、天女じゃないって言われてる。そりゃ当然、天女なんかいるわけねえ。失礼だから、止めておけって言ってるんだよ」

 昨日も聞いたけど、改めて、やはり驚く。

「それって・・・」

「そ、若竹の君も、初恋の人を探して、天竺まで行ったって話だろ?何か言うこともおかしいし、浮いていて、なんか似てるよな。でも。あんたも気にしないほうが良いよ。こいつ、ちょっと変わってるんだ、そう言って、女を口説く気かもしれねえしな、よ、色男」

「お、おい、こら、大和」

 こっそり私に言って、げらげら笑うやんちゃっ子。

 でも、私は彼に構っている暇はなかった。

(彼も天女を?そして、天竺、唐まで行って・・・)

 若竹の君は、背が高くて、竹のようにしなやかで、怜悧な麗しい美丈夫で、唐まで天女を追いかけていって・・・同じだ。

 若竹の君とそっくり・・・!

「でも、若竹物語は、もっと前に書かれたものではないの?」

「四年前にも唐に行ってるんだ。こいつ。その時は一年で返って来た」

 すでにその頃には本は出ていたから、もっと前に書かれた物語と思っていたけど、この若い人がモデルで書かれたことも考えられる。

「あなたが、本当に若竹の君?」

 あなたは本当に・・・?

「船の難破で朝貢がうまいこと行かくて、またすぐ出航することになって、それで、つい先月、こちらに帰って来たところってのは、もう君に言ったけど・・・僕は常盤御前が描く物語の主人公など、そんな大したものではないよ。でも、二度、遣唐使で唐まで行ってきたのは本当だ」

 謎めく雰囲気が、道臣を包む。

 あなたは本当は誰?

 本当に、若竹の君なの?

「椎子殿」

 はっとして振り向くと、そのとき、また私の背後から声をかける者がいた。

 白い袿に上等な赤い裳をつけた女官だ。長池殿と位階が同等ぐらいの女官。

 表情は厳しい。

「帝がお渡りになるそうです。至急、部屋にお戻りください」



「え?・・・」

 お渡りって、妃にお渡りとかいう時に使われる、あれ?

「そのように驚かれてどうしたのです?後宮にいるのですから、帝がお渡りになっても当然でしょう?」 

 これが驚かずにおれるかっての。それは。つまりは、私にお渡りしてってことは、それは・・ええっ。

「至急ご用意を」

 きびきびした女官に回りを囲まれて、私は退路を失う。

「君は・・・帝との婚姻はないって」

 道臣がそう言って、切なげに目を細めたので、私は全容疑をかけられた犯人みたいな気持ち。

「ないわよ、そんなの、ない。違う。これは何かの間違いよ」

「椎子殿、ここは後宮ですぞ、言葉には気を付けるように」

 うるさいタイプの女官に私は叱られる。

「あ、じゃあ、俺らはそういうことで」

 態度のでかい宇多大和も事態を読んで、場を去ろうとする。

「おい、行こうぜ、道臣」

 道臣の袖を引っ張って、連れ立って帰ろうとするが、道臣は何かを考えているようで動かない。何かを疑う目つきをして、あたりを厳しく見ている。

「わ、私・・・ほんとうに、違うの」 

「おい、道臣、失礼だろ、はやく行こうぜ」

「あ・・・うん」

 誤解を解きたかったけれど、うまい言い訳を考えることも出来なかった。

 そう言って、道臣は背を向けて、宇多大和に袖を引かれて歩いていった。

 その背中に、私は手を伸ばしたかった。

 相手は帝だ。誰も、どうもすることも出来ない。

 誰も拒否できる者はここにはいない。

(わ・・・若竹の君、待って。違うの、これは・・・・)

 内裏の勤め人でも、後宮などには来ないから、離れたら二度ともう・・・ 次に会う時などもう来ないかもしれない

 これで永遠に若竹の君とお別れだったら?そう思うと、私は・・・こんな別れ方、最悪だ。




「そなたが、桜の君として私を誘惑するからだ」

 がたっと戸を開けて、入って来た男は、一見、長身、細身、見目麗しい男性。普通に見たら、ときめきの公達に負けず劣らずの、爽やかさ、華やかで前途有望な男性だろう。けれど、その知性溢れる表情も、よく見たら、不穏な邪さが漂うのが分かる。聖君と言われるだけあって、穏やかで品を漂わせるけど、その背後というか、執着帝は全体として出すオーラが黒い、腐った空気感というか、どす黒い。人の良さそうな表情をしているのが、また、さらに歪んだ感じをしている。

 すでに呆然として、腑抜けた私だったけど、正気に戻った。来た。あれだ。あれが来た。一人の手に入らない女性にしがみついて、私から離れないクズの根性の後宮の主。

 私の前に来て、私のほうに扇を向けて顔を上げさせ、ぐいっと自分のほうに向かせる。

「そなたが桜の君なら、我が思い、遂げさせてもらう」

「ええっ?どうして?私はレンコンの蓮の椎子ですよ?杜若には遠く及ばないって言ったじゃない、レンコンの私など食べてもおいしくないですよ」

「私が帝だからだ」

 執着帝は私の衣をはぎ取る気なのか、ぐいぐいと引っ張る。

(お、おおい、本当に何をする気?このまま衣をはぎ取られてたまるものか)

「はあ?何それ?帝なら、桜炒めでも、採れたてのレンコンでも好きに食えるっての?」

「その通り」

「なぜ?姉に嫌われるから、私には興味ないって言ってたのに」

「お前が姉の身代わりとして来たからだ。姉の代わりになってもらおう」 

 私はとにかく最大の危機感だけは感じ、必死で抗った。

 けど、唐衣ってのはびろびろして掴まれたら、縄みたいになって逃れにくいのよ、これが。ある意味、このためにこんな格好しているのかと思う。

 ヤバい。ヤバい帝だが、次に私がヤバい。振られ続けて、切れた帝が、とうとう私を襲う気だ。姉の身代わりとして。

(に、似てないって言ったじゃない。そんなに横恋慕が、なぜすぐ気を変えるのよ)

 白い肌は透き通るように白く、涼し気な目元は麗しい。

 確か、お年は三十路を越えていたと思うけど、まだ若い。

 じりじりと間合いを詰めて来て、私は几帳まで後退する。

 多少、お転婆なところが姫君である私は、体力的には宮中でずっと動かないで暮らしている帝なんかより強いものがあるだろう。でも、一見、なよなよとして細い帝も、近づくと、私より体も大きく、肩幅も広く、やはり男だ。これ以上、戦う?と、疲労して、私は負けるかもしれない。

「姉上は私ではない。私は姉ではないのですよ?気づいてください」

「言っただろ、私は何でも通る、帝だと」

(一人の女性に執着して、振られ続けて壊れた高貴な男性の、狂気の目は、本当にヤバい)

 にたり、と笑う帝の手が私の膝に伸びる。やめて。次に来たら、その顔に一発パンチを食らわしてやるから。

「なんてな」 

 と、急に帝が気を変えて、どっかりと上座に座ったので、こっちは拍子抜けして、床にこけた。

「お前に手を出したら、最愛の人に嫌われてしまう」

(ぐ、ぐぐ・・・このう)

 思わず騙されたショックで、置き上がれない。

「お前など、何も似ておらぬでないか、誰が興味あるか」

 やっぱり、そう。ええ、そうでしょうよ。姉への執着男はそう来なくっちゃ。執着して、私をこうまでして、ころっと変心されてたまるものですか。

「で、でも今、ちょっと本気でなかったですか?」

「ばーかな。本気にしたとはお前も騙されやすいな。誰がお前など興味持つか。ちょっとお前をからかっただけでないか」

「嘘、今のちょっと本気だったでしょ」

「桜の君の姿を見た後だから、お前が桜の君と思っただけだ。そういうお前が悪い、私を惑わすからだ。だが、私はな、美形狙いなのだ。こう、ぼいーんぼいんとな、豊満で、色っぽくて、美しい女が私の好みだ」

「うわ・・・」

「なんだ、はっきり言ってみろ、言いたいことを言ってみろ。私は帝だ。帝の私が命じるならお前は言わねばならぬ。恥ずかしがるな。私がクズと言いたいのか?」

「いえ、ゲスい・・・」

「はっは。そうだ、私はゲスだからな、思ったことを言ったまでだ」

「でも、姉上はそんな色っぽい人では、そのように言われては、誤解です・・」

「なんだ、私の思う通りに私が思うことを言っただけだ。姉上は美しい。そう言った。その姉上を求めるのは、私の意思。私は何でも通る、私の意見もだ。私は天下の帝だからな。それに、私が超美形の完璧男子だからだ。お前など、レンコンのイモなど食べるか。この私だぞ、私」

「はいはい、その通りです。ええ、賢明な帝のお見立て通りでございます」

「はーっはっは。騙されたか?騙されてやんの」

 帝は大笑いだ。それでも私は良かった。

 クズの執着帝で良かった。ああ、執着心持った帝で良かった。言うことも、やっぱりクズで良かった。

 万歳だ。喜びの踊りまで踊ってみせてあげようと思ったけど、内裏だし止めておくか。

「お前など、飢えても食わんぞ。姉はおしとやかで、神童の名を持った才女だというが、お前は何やら、知りたがりと言われている騒がしい姫君だそうだ。せわしない、嗅ぎまわる、私はそんなの好かぬ」

「は、姉は正室の娘。私は側室の娘でありますので、似ておりません。先祖返りというものがあるせいか、父にも似ていないって良く言われます」 

「襲われると思ったか?」

「ええ、まあ」

「くっくっく、ひっかかったな。なんで、私がお前のような節操のない、ちんちくりんを相手するのか。お前ほどのレンコンぐらい、ここではあまた咲いておるわ」

(ぬお、また、最低発言) 

「私がいかに桜の君を思っているか、知っているだろ。私の想い人は彼女しかいない。どれほど私の桜の君への想いがあるか、富士の高嶺に聞いてみたらいい」

 ああ、はいはい。富士の高嶺か燃えているのも、恋心のせいでという歌がありますね。あんま、もう燃えなくていいですよ。どうせ振られますから。

「なんだ、お前、クズでゲスで、バカでどうしようもないと思ってないか?ああ、そうだとも。私はクズでゲスで、バカだ。もっと知りたければ、最悪の最低な人間だという証明も出来る。夜は長い、寝物語でも」

「い、いえ・・・」

(ここで余計な色気を振り撒かなくていいって)

 決して魅力がない上司ではないが、こんな人はお断り。

 姉には一途だの本気だの言いながら、女にも節操がない。

 いくら妹にそこまで正直に言うものか。そんな節操がないってこと伝わったら、完全に終了です。

 栄君かもしれないが、中身の半分はクズでゲスだ。よくこれで、聖人君子と言われたわね。

 帝も自分で言うのを認めるのもしゃくに触るけど、けっこう美形なのよね。でも、いくら容姿の整った名君でも、もう、格好良く見えない。

 邪悪なのは、私を人質に取った時から、何となく分かっていたけどね。

「いい加減、お前も慣れろ。これからは、私と共に、たっぷりと後宮で姉君を釣るエサとして生きるのだからな」

「あの、帝はなぜ、そこまで姉のことを?」

「ふん、知りたがりか」

 それは知っておかねばと思って質問したけど。

「それは、桜の君が・・・可愛いからだよ」

 うう、執着心の心の中を覗き込んだわ。うえ。

「まあ、実際のところは、右大臣と左大臣の対立で、均衡を保ちたい」 

 私ははっとした。

 そんな真顔で言う時もあるのだと。そして、私は気づいてしまったのだ。帝は本当は、政治的な考えも持っているのだと。

「帝はやはり、右大臣と左大臣の対立を気にしているのですね?」

「なんてな。やっぱり、あの日、桜の君が微笑んでくれたからさ」

 うっかり、帝の政治力などを認めようとした私がバカだったかしら。

「とにかく、お前は私と姉君の橋渡しをせよ。お前が大人しく、私に従うと言うなら、褒美をやろう」 

 と、帝は部屋の外に向かって、手をぽんと叩いた。

 しばらくすると、帝の身辺の侍従が台に乗せた本の山を私の部屋に運んで来た。

「これで、常盤御前を捜査せよ」

「え・・・?」

「なんだ、私が与える仕事に不服なのか?妃になりたいのか?再び、お前に手を出してやろうか?」

「い、いえ、帝は高貴にあらせられます、私など合わぬかと」

「ごまするな。そんなの腐るほど言われて分かっている。大納言家の密偵より、お前が物語好きなのは知っている」

「み、密偵?我が家に密偵を?」

「私の隠密だ。なんだ、帝だぞ、私は、密偵を放って、何が悪い?」

 政治のためでないのに、そんなことまでして。

「常盤御前の行方は、私も知らぬ。この私、帝にも秘密で、後宮に隠れているのだよ」

「え?帝も知らないの?」

 あまりにもとんでもない帝なので、つい普段口調で答えていた。

「ああ。常盤御前がいたら、私に報告しろ」

「でも、帝はどうして常盤御前を探しているのですか?」

「また知りたがりだな」

「それは聞いて当然のことに思うけど・・・」

「そうだな、単に帝として把握しておかねばならないと思うのと・・・、

つつじケ丘館の続きを、知りたいんだ」

 帝は畳の装飾縁を指でいじいじとしながら、ぼそっと言い出す。

「確か、隠れた名作で、未完の作品だわ。変わった屋敷に移り住んだ男性が、そこで不思議な女性と出会い、片思いをするが、その女性は妖怪で、人間は相手にされない。まるで帝と同じ」

「あー、お前、同じって言うな、私は両想いだぞ」

「え、う、は、はは。恐れ入ります」

「今出て来たら、この続きを書いてもらって、主人公の男と女性とを両想いにしてもらうんだ」

 英明な帝だとか、力の均衡を図る政治家だとか、あれ、嘘でないだろうか。あまりに違い過ぎる人に思えて来た。

 サインもらいたいという私も何だか、あんま、思考が変わらないように思えて、自分を見るようで、私、こんなの?って自分を反省したわ。

「分かりました。もし、常盤御前と会ったら、帝には伝えます」

「よし、いいだろう。私はお前にいいものを与えてやった上司なのだぞ。そこは感謝しろよ?」

「魂胆は分かっております。姉へ取り次げというのでしょう?」

「その通りだ」

 自信はあるのに、そこだけはないのね。実際、姉と面と向かって、会ったことも一度もない。

(私を売り払い、多数の妻を持ち、腐るほどいると豪語するくせにどういう自信家よ、それ。なぜそこだけ純情なの?そこも腐って、ゲスく迫ればいいのに。そうしたらすぐ振られて、私がここにいることもなかったのに)

 でも、結局、振られた腹いせでも、私はここに舞い戻るかもしれないわ。だって、結局、力づくでもってやるのが帝なんだろうし。

 なんか、帝の話になると、私は負の連鎖に入りそうだったので、それ以上考えるのはやめておいた。

「ということで、私が許す。知りたがり。お前は好きなように、そこらへんを探り回れ」

「は。お役目、ありがとうございます」

「それでいい。今のところ、お前が来たことには満足しているからな」

機嫌良く、扇で仰ぎながら、帝は極上の微笑みを浮かべる。

「もしも、姉が私にまたなびかない、お前がまた私を無下にするってのなら、また何か考えることにする。忘れてはならんぞ、私は嫉妬深い男だ。桜の君が他の男と結婚するとなったら、私が何をすると思う?」

 私は帝の異様な目つきに、ぞっと背中が逆立った。

「私はクズだぞ?私の本命が逃げ、お前が手元に残るなんてことはあってはならん。なのに、なったら、そりゃもう、相当に怒って、右大臣も左大臣もまず当たり散らすであろう。爺やの敷島にも暇を出す。後宮の女たちも半分はクビにして、里へ帰す。それからお前をどうするか。まな板の上の鯉と同じだからな、煮るのも焼くのも好きにする、お前はそのための人質だからな」

 帝がじりじりと扇で顔を隠しながらも、近づいて来る。

「お前を身がわりにするってこともあるんだぞ」

(本気で執着している偏執狂が、懊悩と苦悩丸出しで近づくのは怖い)

 嫌がる私を見て、帝はにたあっと笑う。

(振られっぱなしで、精神状態が心配だ。思い詰めているのが分かるし、何を考えているのか分からないところが、この帝の怖さだ。止めて。姉の身代わりのように見ないで。や、あ、あれ、これ、本当に、何をするか分からない目だ。この変質狂の変態野郎)

「ふふ、まあ、今日は疲れたであろう。明日から頑張りなさい。今宵はゆっくり寝なさい」

 こんのくそ帝と思った時には、はっはと闊達に笑ってすたすたと歩いて帰っていた。

「なんだ、手を出してもらいたかったか?そうならそうと言え。すぐに手を出してやろう。思う存分、姉の代わりに至れり尽くせりしてやる」

 戸口でいたずらっ子みたいに振り向く。

「とっととお帰り下さいっ」

「はっはっは」

 帝は調子よく、帰って行く。

「お、お待ちを、帝」

 お付きの女房が部屋の扉を開け、帝は部屋を出て行く。

「ゆめ、誤解なさるな。帝は幼少の頃、奔放な父がいて、あまた妃がいたが」

 また、お付きの白髪の爺やが出てきて、父上の奔放なことを羅列しそうになったので、

「あ、結構です」

 と言っておいた。爺やは忍びのように、戸口からすっと姿を消した。

(あんのやろう、思いっきりからかっていったな)

 腹立たしく思ったものの、私はあいつの持って来た冊子を大事に持ち上げる。本物の常盤御前の手書きの本だ。

(でも・・・あいつなりに気を使って、私に良い物をくれたのかしら?)

 常盤御前の書いた手書きの本なんて、帝でない限り、ここまで集められなかっただろう。改めて見ると、良い贈り物だ。私にとっては何より、大切な、最高の、もっとも欲しかった宝物。それをどっちゃり。手に入る限り、これ以上ないってほど、この世のあらゆるものを揃えてくれたぐらい、くれた。

(これは、あいつなりに、私のために繊細な心遣いをしてくれた証拠かしら?私の身辺を心配して、私のやりたいことも仕事にしてくれたってのも、あれで、一応気を使ったのでないかしら。少々、申し訳なく思っているみたいだし。もしかして、ああ見えて、繊細な心遣いが出来る奴かもよ?もし、繊細な心使いが出来る奴なら、考えてやって良いかもしれないね、どう思う、姉上?)

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