第12話
かなり怒っているのは分かるけど、帝だからもっと上品とか、上のものと思っていた。けど、帝の怒りは、本当に振られ続けた男のもので、そこに論理はない。私を支配していることで、とりあえず、ご満悦なのだ。
(良かった、帰って)
執着心が、私のところまで及んだ。私は執着される姉の気持ちが分かった。
(はっいえ、これは才子多病?才能ある人は、多病ということだわ)
すんごくすごーい重い病にかかってる。恋の病がそれだわ。これはもう、重症だわ。
(うちは帝とこんなのばっか・・朝廷では偉そうに君臨しているかもしれないけど、うちにはこんな迷惑な面しか見てない)
うち、なんか憑き物でもついているのでないかしら。
どちらにせよ、天然級であることは間違いない。
その被害を受ける我が一家は、本当に何なのか。
まったく・・・
私は平穏に後宮生活を楽しみたいだけなのに、右大臣が来て、帝まで来て。
「まあ、あの子が?」
「例の桜の君とかの妹?」
「よくも来れたわね。帝のご寵愛をかさに来て」
「姉が姉なら、妹も妹。姉の入内がありながら、己も帝に取り入ろうとな」
「なんという厚かましい」
例の噂もあって、前から心良く思っておらず、私を見つけたら何か言ってやろうと思って息巻いている女たちが、とたん、几帳の陰からこそこそ、ひそひそ言い始めた。
(わーん、始まっちゃったじゃない、どうしてくれるの)
内裏は陰謀、後宮は女たちの集合体。
関係ないと思っていても、巻き込まれる。あの夕闇の皇子が心配していたのは間違ってなかった。
(かくなる上は、私は私の道を行くまで。後宮で目的の物語を読み明かしてやる。他のことは関わらない)
それに、師匠探しもしていかねば・・・
「ねえ、妃たちの各部屋を回るってどうしたらいいと思う?」
久理子は年頃が同じぐらいの地味な女の子だ。少女のあどけなさが残って、しきりに目を伏せて、恥ずかしがり屋だ。
着ているものも色の薄い唐衣で、髪の毛もボリュームがないし、大人しい子という感じがする。でも、目鼻立ちは整っていて、幼子のような目はとても愛らしく、艶やかさがある。
「え?回る?変なこと聞くのね、あなた。探し物は人、モノ?どっち」
「とある人でもあるし、モノでもあるわね。書き残したものとか」
「それは難しいわ、おいそれと高貴な妃たちの部屋など回れるわけないから。でも、そうね・・・
久理子もノリが良い。頭の回転も速い。せっかくのいい子なのに、上司からイジメられ、仲間から逃げ隠れしなきゃ生きていけないのって可哀そう。
「掃司は掃除を担当するところ、殿司は灯芯に火をつけて回る係りです」
「そういう仕事もあるの?」
「でも、殿司も掃司も、采女の仕事で、高貴な家の姫君が勤める仕事ではありませんよ。下の采女や女儒の仕事です」
「そう言えば、後宮には女官は少数で、采女とか女儒という方が多いのよね」
「はい。後宮には、地方から人質として、内裏に勤める者として、娘を差し出します。それに年季奉公として、地方の村や田舎からも、娘が集められます。そうした子女は采女と呼ばれて、後宮での雑務を請負ます。彼女らのほうが仕事が大変だし、人数も多いです。内裏には大勢の采女を養えないから、外で居住地を設けていて、彼女らはいつもそこから大勢、後宮へ出勤していますわ」
やはり、後宮はさまざまな人の寄せ集めって本当ね。
「とにかく来て。入り込めそうな場所を探しましょう」
「入り込むって、あなた、女官の仕事をしに来たのでないの?」
「女官?それより、私は探して見せるわ。この後宮を上へ下へひっくり返してでも、調べるつもり」
「そんなに勢い込んで、いったい何を、あっ」
だって、私、常盤御前がいる後宮なのに、じっと座って様子を伺っているなんて出来ないもの。
だから、私は常盤御前を探したくて探したくて、嫌がる久理子を引きずってでも、殿舎の部屋を出たのだった。
「久理子殿は今、ここでこんなことしていて、大丈夫なの?」
「見つかったら、さんざん怒られますが、見つからなくっても怒られますし、行ったって、どうせ怒られますから」
「そうならこうしてじっとしてられない。行くわよ、久理子殿」
「行くって、どこへ?」
「どこへでも行くのよ、部屋の下でも、妃の部屋の中でも、たとえ帝の部屋だって調べるの」
「え、み、帝?あまりその名は軽々しく言わないほうが」
「いきなり、大納言殿の娘が掃司の采女になることはできません」
どこでもいいから掃除係りをさせてくれと言ったら、長池殿に怖い顔で断られた。
厳しい上司だから、甘い顔はしなくて当然。
けれど、突然にこにこ。
(西松の付け届け、効果抜群)
姫様、内裏の中はつけとどけの世界・・・
この西松が、大納言ゆかりの長池殿のご息女、長池菜摘子殿に、あんじょう言っておきましたからな。
世の中、融通し合いで何とかなるものですよ。椎子様、分かっているでしょうが、お家と違うのですから、くれぐれも、我がままをお言いにならぬように・・・
(お礼が聞いたのか、丁寧な対応をしてくれる)
とりあえず有難い。お礼なしだったら、いったいどうなっていたか。
長池殿の
そういう付け届けの聞く世界ってのは、私も知っている。
父はそんなことをあまりしないので、出世してないのだ・・・
「しかし、後宮のいち仕事に興味を持たれたのは、あっぱれ。殊勝な心掛けと言えなくもない。考えようによっては、賢明なことじゃ」
誉めるってのはどこからでも引っ張って来れるものね。
無理やりにでも笑顔で言う、長池殿の顔が怖い。
「とはいえ、いずれ高貴な方の女房になる者に、雑事ばかりさせておけぬ」
また、ねちっとした目で見られて、私は冷や汗が出る。
長池殿、私の姉が後宮に入ると見込んで、自分も取り立ててもらおうとしてる?
「今後、そのように高貴なる女御様のそば仕えともなる身なれば、汚らわしい仕事に従事させるわけにもいかぬ。とりあえず、今、宴の用意で、大量に几帳や円座を運んでおる最中じゃ、各自の女官方の手伝いをしておれ」
とやはり、私はまた宴会場の用意の手伝いをすることになった。
「ううーん、期待した返事はもらえなかった。高貴な妃たちの部屋に入って、その謎や秘部を調査しようと思っていたのに・・・」
(そしたらもう、師匠は発見出来ていて、私は次に、後宮を出て行く手はずを練るところだったのに)
とりあえず、今日の宴会の用意だ。
酒を入れる土器を膳に並べていく。
「これは内宴の用意ですから、それを手伝えばですよ。先ほどの
久理子も私に付き合ってくれ、膳の配置や置き方などを教えてくれた。
「掌膳?」
「ああ、
「今回の内宴ってのは、大きそうね」
「不定期ですが、たまに帝の気分で行われるのです。後宮の妃たちも普段、出歩かない分、滅多にない見せ場ですから、琴の練習をしたり、新しく流行の着物一式揃えたりもし、ここぞとばかりに華やかな姿を見せようとしています。上の立場である女御たちは部下や帝の配下に、贈り物もしなければなりませんし、宴の用意は、後宮のプライドもかかってますし、末端の膳の配置から室内の調えから何もかも良くしようとして、今もうどたばたと、誰も彼もせわしなくなってますわ」
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