第11話
(絵物語の世界から出て来たのだろうか。夢でも見たのだろうか)
部屋に戻って落ち着きを取り戻した私は、月夜が美しい夜に欄干にもたれて、座り込んだ。
「ふうん、お前が翠子殿の妹か」
と、急に声がして振り向くと、一人の男が月を背景に立っていた。
「翠子殿は?本来なら、翠子殿に会いたかったなあ」
(はっ、この粘着っぷりは・・・)
姉のことを執拗に呼ぶ。そして、後宮で男。それはとどのつまり、普通、帝しかいないわけで・・・
端整な容姿で、着ているものは贅を凝らした白の衣に
「あんま、杜若の花と例えられる姉に似てないんだな。せいぜい、蓮」
(お、応援はいらぬのですか?一応、これでも妹ですよ?肉親の応援無くして成功すると?)
会ったら、今までの恨みをぶつけられるだろうと思っていたが、予想した通りだ。
私がここに来た理由。問題の発生源。
(ひええ、思ったより、問題がでかそう)
「申し訳ありませんでした」
一瞬の間に、私は帝との状況を理解した。私との間に火花が散る。それは、長年の恋愛の恨みだと。
振られ続けて、その姉をずっと、かくも激しく思えるのか?なんて、関心している場合ではない。
「ふん、私がお前に興味を持つと思ったのか?可愛げのない女の、さらに可愛げのない妹など、誰が興味を持つか」
「は・・・」
そこは姉に執着する帝で良かった。
思ったより、若く見える。
清流帝。第五三代天皇。
政治では、五年以上続いた干ばつ天災に対し、国庫を開き国民を救い、荒れた国土を開墾する事業をやって立て直したという栄君。
姉に対しては見境なくなると見受けられる帝だが、今日見て、確かに帝は身のこなしも良いし、父の言うような聖君であるだろうとは思った。
でも、やはり、この件に関しては、誰も見たことがない一面を露呈し始める。
目の前でそれが思ったより、激しくぶち壊れ始めた。
「私をバカにしているな?いいぞ、バカにしたらいい。こんな手練手管の陰謀を描かねば、好きな女子も手に入らんバカ者だと、バカと思うなら、バカと言え。遠慮するな」
「い、いえ、そのような」
「だが、お前もその一人に手を貸したのだ。お前を身代わりに、姉を誘い出す計画を、お前も了承した。たとえ、クズ野郎と罵られてもいい。ああ、相手を手に入れるためなら、私はどんな計画でも練る。たとえ、どんなクズなことでも。相手を殺してでも、どんなに好きな相手を貶めても、汚い手を使ってでも、嫌われても、ああ、構わないとも。お前を他の男に売り払ってでも、何をしてもいい。私は・・・所詮、私は計略を巡らさねば相手も手に入らない男だ」
姉上。どうやら、帝にもいろいろ悩みがあるらしいけど、思ったより、クズ野郎でした。
どうやら私もクズの仲間です。売り払われます。
でも、最後のちょっとまだ足りてない部分があるってのは、自分でも分かってるのね。
「あのー申し訳ないですが、姉にその気はないです」
「どうしてだ?どうして、私に興味がない?」
「それは、たぶん、おそらく、好み《タイプ》でないのかと」
取り繕っても仕方ない。問題は問題であるからして言う。ただ事実を。単にヤバイ帝としても、そこは真摯に正直に向き合うべきだ。こんなのでも激しく想いを寄せているのだもの。自分も思う人がいるから分かる。人を思い、思いを寄せる気持ちは、かけがえのない、大事なもの。だから、こんなのでも、適当な扱いはしたくない。
「なんだと?この美形で、黄金でも白銀でも何でも持ち合わせている私が、なぜ駄目なのだ?」
「もう何年になりますか・・・申し訳ないですが、お許しを。姉はお上のことを何とも思ってないのです」
「お前、さてはお前が私に取り入ろうとしているな?」
「は?」
「勘違いするなと言ったであろう。お前など手を出すか」
「それは、良かったです」
思いの丈が過剰に余分に溢れ出て来る帝相手には、私も本音が出る。ここで、姉への思いを思いっきり私にぶちまけられても・・・
「フリをしているな?取り繕ってるな?私の家臣みたいに?」
「そんなことするわけないでしょ。帝に命じられたから、来たまで。それは我が家も帝のお気持ちをおもんぱかって、帝の御ためです。それでなかったら来るわけないでしょ」
(これはかなりの難物よ、ヤバいわ、キツイわ、やっぱり)
いまだに、振られていることに気づいておらず、分かってないところが多い。
(これは、姉の初恋の清原中将殿のことは秘密にしておいたほうがいいわね)
そうすると、帝は私から手を放し、力の抜けたように簀子縁に座り込み、ちょっといじいじと板をいじった後、ふんっと口元を釣りあげた。
「はーっはっは」
帝は、顔を引きつらせながら、ふんぞり返る。きらっと輝くのは、涙?
(ちょっと、言い過ぎたの?その加減が難しい。思いも激しいし、言っても聞きそうにないし)
「ふん。さっそく未来の
「なっ・・・」
「なんだ嫌なのか?家に帰りたいのか?」
「い・・・あ、えーと」
嫌と言いたい。でも、帝だから拒否したら怒られそうだし、今までも拒否し続けて、結果こうなったわけだから。
この人、聖人君子、知勇兼備、志操堅固って言われてなかったっけ?確かに変に計略を巡らしているけど。
まあ、真剣勝負で破れ果てて、結果、こうなったんだけどね。
なんて、笑っている場合ではない。姉を釣る気だ。私はエサだ。
「もう、こんな私はこりごり、家に帰りたいと思ってないか?」
「それは・・・その、後宮は見るのを楽しみに来ました」
「だったら、お前はこの私にまだ、付き合うのだ。いいな」
まあ、まだ来たばかりだから、帰るのも早いけれど。うーん、それでいいのか?
「あなた帝の身でしょ?本当に帝?」
「本当に帝だとも。それがどうした?帝であって、私がこうするのが何がおかしい。美形、栄君聖君の呼び名もある。帝の私のすること、それは天の導き。私がすることは全部正しい。この美形で才能ある私は、何をしてもいいのだ。誰からも何も言われる筋合いはない。たとえ、妹のお前でも。嫌なのか、帰りたいのか?どうだ?はっきりしろ、場合によっては、お前が帰るのを、考えてやっていい。とりあえず、聞いてやる」
思いっきり自分に己惚れて、自分でも酔いしれる。
やはり、かなりヤバい人だとは思うのだが、やっぱりヤバい。
「断わっても、お前を私はまだ、手離さぬぞ。うまく行かねば、お前に手を出してやるからな」
「なっ・・・」
「それが嫌なら、翠子殿と私との仲をうまく行かせるのだ」
偉そうに威張りまくって、帝は言い切って笑みを浮かべて、ご満悦で私を見る。
まったく、この人は・・・・
我がまま。一言で言うなら。我を曲げることが嫌いなのだ。
「今日は様子を見に来ただけだ。何もお前に興味があるわけではない。自意識過剰になるな。お前などせいぜい、後宮で活躍するんだな」
(とりあえずは、対面しに来たついでに嫌味を言う気だったのか)
まあ、帝という絶対権力者の前で、嫌味で済むならマシだろう。
この人は、敵だったら怖いと思う。攻めたら落すまで、諦めなさそう。
「ま、ゆったりと後宮を堪能したらいい」
声高らかにそう言って笑って、帝は手下の女官と侍従と共に去った。
私は脱力して、ふらふらと床に座った。
まるで、子供だ。聞き分けがない、道端でダダをコネている。強情な子供。
「お上はああして色恋に没頭していると思われがちじゃが、あれで考えておられるのじゃ」
最後に、お上の侍従とかいう年寄りの爺さんが来た。白髪でもう目も見えているのか分からないぐらいよぼよぼ。帝を心底大切に思うというような爺さんだった。
あれで?と私が見ると、さも意味深そうに頷く。
「お上は側室が何十人もいて、お子様も何百人といて、誰がどこにいたか分からぬほど豪勢だった父上がいたので、少々奔放じゃが、ゆえに、お主もお上に逆らわぬようにな。もしもお上に何かあれば、お前であってもただでは済まさぬ」
とだけ言って、消えていった。ふふんと言う不敵な笑みを浮かべて。
(な、何百人?)
いえ、満面のしてやったりで帰って行ったけど、ぜんぜん、取り繕えてませんから・・・
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