第4話

「つまり、私に執着する帝は、私のつれなさから業を煮やし、椎子を宮中という帝のお手でどうにでもなる手元に置いて、私に入内しなければ、椎子に手を出す。もしくは、可愛い妹がどうなってもいいかと圧をかける気ですね?」

「そういうことだな」

 そういうことだなって。さらりと言わないでくれる?父上も。

(ああっ寒気が出る)

 そんな理由で、色恋狂いの帝に手を出されてたまるもんですか。

「ワシももうどうしていいのか分からなくて、はいって答えてしもた」

 またさらっとはいって言ったの、簡単に父上、はいって。

 耐えきれない父は、わっと感情をほとばしらせて、吐き出すように言った。

(うちの父は、気が弱いとこあるからなあ。そこが対立を作らず、うまいこと出世出来たところなんだろうけど)

「子供の頃から、翠子が良いと言って、入内させろ、中宮にすると言われて、わしも、前から断わり続けて、断わり文句も尽き果て、何を言っていいやら分からんかった。振られ続けた帝は、変わってしまったんや」

 父は板床を叩きながら、今までよりもっと苦悶に表情を変える。

「つまり、贈り物でも文でも振り向かぬなら、強行手段や。次の第二の段階を歩み出したんや。つまり、椎子を脅しに使い、本望を遂げるという気や」

「ええっほ、本望って、その言葉、いや」

 姉は気味悪そうにいやいやをする。

 私の言い分よ、それ。こっち。誰が本望遂げられてたまりますか。

「つまり、椎子様が後宮へ入ってしまえば、翠子様の変わりとして、実質、本望を遂げられてしまうこともあるってことですか?」

「そりゃそうやろ。そのための後宮や」

 西松、それを繰り返さないで、その本・・ってやつ。

 私の純潔は他人の意のままなの?ああ、腹立たしい。

「分かりました。私、行きます」

 私は苦渋の決断だ。

 けれど、私は迷わず、きっぱり言った。



「姉様の拒否は、我が大納言家にとって暗い影です。いえ、障害よ。ここで、妹の私までもが拒否なんぞし、お上に逆らったりしたら、この家は下手すりゃ、反逆罪になるかもしれません」

「推子・・・」

 堂々と立った私に、父も義母もうっと泣き崩れた。

「それが業を煮やしたお上がやることでも、お上のやることです。通ります。今やったなら次もまたあるかもしれません。次は何を要求されることやら分かりません」

「確かに、内裏はお上の機嫌一つのところやからなあ」

 父も義母も鎮痛な面持ちでうなづく。

「私は前から宮中に興味がありました。今をときめく姫君たちや女房様方たちがたくさんいるのですもの。それに、宮中には、なかなか入れません。私は根っからの書物好き。珍しい書物があるなら、むしろ好適地です。後宮に入って、古今東西の珍しい書物や、書き物をする女流作家を探し、見識を広めて来てやりますわ」

「すまんが、そうしてくれるか。そうしてくれると有難い。そうでないとうちも危ない」

 父も義母も涙を湛えながらうなづき合い、父は諦め半分のため息をついて、吐き出すように言った。

「しかし、魅力のないあんさんを一目見れば、興味を無くすかもしれない。そうなれば、気が済んで、上手くいけば、帝も執着も捨てられるやもしれん。椎子の出仕は、雨降って地固まるかもしれへんで」

 魅力ないって、父上、自分の娘、娘。そこ。

「その通り。大丈夫。帝なんぞ軽くいなして、後宮見物して来ます」

 そこは腹立たしかった私だが、父より大人であるので、するっと通らせて言った。

「椎子、お前にそんな苦労をさせようと思ってなかったわ、お前にそんなことをさせるぐらいなら、私が宮中に乗り込んで、いっそのこと、この小刀で果ててやる」

「バカなことを。そんなことをしたら、帝に逆らった罪で、一家お取り潰しになってもいいの?」

 姉はまだ自尊心が収まらないのか、いきり立っていたので、私はその刀を奪い取って、鎮まらせた。

「一つ聞かせて。姉様は、どうしてそんなに帝が嫌なの?」

「だって・・・あまたいる後宮の妃なんて、嫌だもの」

「帝はたくさんの妃がいるのは、普通でしょう?他の高官の男だって、あちこちにたくさん妻を持っている。父上だって、側室がたくさんいて、私や兄弟姉妹がたくさんいるわ。それが普通よ?」

「でも、嫌だもの」

「もしかしたら、姉上も見たり、会ったりしたら、気が変わるかもしれないわ」

「ないわ。ひとことでは難しくて言えないけど、やっぱり、嫌なものは嫌なの」

「でも、後宮の妃になれるのは、権勢を得ることよ。その地位や権力は手にしたくないの?」

「止めて、後宮の妃なんてガラじゃないわ。椎子も知ってるでしょ。私は野山を駆け回るほうが好きなの。後宮の妃らしく振舞うなんて、私には無理」

 そう、姉はかけっこが得意。今時、貴族の姫には珍しく、運動が得意で、馬でも乗りこなせる。子供の時は悪ガキと共に走り回っていた。今でもその頃のクセが抜けず、お忍びで良く物見遊山に出かけている。

 それより、もっと目を引くのは姉の美しさだ。妹の私から見ても、美しい。この噂が広がって、帝も執着するのだろう。

「本当に行くの?嫌なら行かなくていい。あんな帝、放っておけばいい。私が帝にがつんと言ってやるわ」

 姉はまだ勇み立っている。このままでは危ない。そういうところは、私と似ている。

 だから、私は慌てて言った。

「いいのいいの、私が行けばとりあえず済むのだから。行ってから先は、どうなるか分からないけど、帝やら、後宮の女たちの内裏は厳しいらしいけど・・・知らないけど、適当にいなすわよ。私は何があっても、好きな書物が読めたら、嫌なことは我慢出来るから」

「推子・・・」

「人質と言っても、お上の姉を思う気持ちは本物。私に手を出すことなど、あり得ないでしょう。もしも、そうしたら、姉様との結婚話をさらに遠のけるだけだもの。その時は、帝との縁もきっぱりと切れると思ったら、せいせいしていいじゃない」

「まあ、うちもその程度の気持ちの帝に、義理立てすることもない。な、お前」

「ええ、もしもそういう不義理をするようなら、こちらから、そのような男、願い下げですわ」

 父も義母の言うことに同意した。

「大納言の職も、権勢もそこまでされるなら、うちだって腹決めて、田舎に引きこもりまっせ」

「ね、父上もそう言ってくれてるのだし、だから、あまり心配しすぎなくていいわよ。あの執着心の強い帝が、変な気を起こしたりしたら、殴り倒してやったらいいわ」

「お、おい、お前さん」

 父は顔色を変えたが、最終的には父も母もうむうむと、私に同意した。

「帝だって、一度言ったことを引っ込められないわ。今回、私に興味本位かで呼びつけて、権力があることを知らしめて、おそらくだけど、それで気が済んだらそれでいいの。姉上の気を引きたいだけでしょ」

 父も母も、私の考えに一応、こくっとする。

「だったら、私は後宮に乗り込んでやるわよ。女官としての仕事だってやってみたい。やりたいことだらけよ。行ってもいいわ」

「椎子・・・・すまぬ、言ってくれるか。お前がそう決心してくれると、助かる」

「はい、宮中とやらで、遊んできますわ」

「椎子・・・・」

 姉はまだ辛そうにしていたけど、こうして私は、宮中へ行くことになった。

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