第3話

「嫌なもんは嫌です」


「翠子、お前、恋愛に長けた女を演じるつもりか?気を持たせるつもりだな?それとも、都一の美女である弘徽殿の女御と寵愛を争うつもりなのか?だが、お前のようなやり方は浅慮と言うもの。お前は勘違いしてるんや。帝をお待たせするなど、やってはならないことやで。あんた、なに勘違いしとるんや。男というのは、いざという時、すぐ答えて欲しいもんやで。あんた、小町みたいな美女かと思てるんか、いつまでも拒んだら済むんちゃうんやで」



「まあ、旦那様、翠子はそんな悪い女子やありまへん。あんまり翠子を責めんといて」


 とりあえず、姉を呼んで、父も母も説得始めること、一時間。


 姉翠子の母、父の正室はおろおろとするばかり。


 私の侍女の西松は、この諍いの繰り返しに言葉も出ない有様。


 父の娘の中でも、私の母は、庶民という一番身分が低い側室の娘なのだから、姉よりは良いものなどを選べる身ではない。


 でも、今回のわけのわからない成り行きには、私も固唾を飲んで見守っている。


「だって、私には許嫁がいるもの」


「清原殿とはもう終わったじゃないか。お琴の師匠は駄目じゃと言ったじゃろ。ワシと清原殿が中務省の大輔で出会った頃、何気なく話をしただけのものや。今はもう清原中将殿はよその女子に御熱心じゃないか。今や清原殿も引退されて、朝廷の権力は失っており、どこの誰も寄り付かんのや。うちはお上にも謁見できる三位の位にあるんやで。権勢のあるほうへ、嫁いだって良いんだ。いや、行っておくんなはれ。それが今日の世の常なんやで」


「嫌なものは嫌です」


「お前なあ、いい加減にせんと、愛想つかされるで」


「愛想も、気を引く気もなく、私は帝が嫌なのです」


「なにでや?帝はこの国の一番上、まつりごとを統べるお方、都でも一番偉い、日本でも一番金持ちや。それのどこが嫌なんだ?女なら、帝に全部嫁ぐべきだ」


「私は、一度こうと決めたら、変えません」


「なんでや」 


 そう、うちの姉は頑固一徹。こうと決めたら譲らない性格だ。


 父も姉の強情さにほとほと呆れ、力なく崩れ落ちた。


「今の清流帝は品性方向、清廉潔白、頭脳明晰。聖君と呼ばれる人なんやで。それをなんで、うちの娘が思いっきり拒否するんや・・・」


「翠子、旦那様もこう言ってらっしゃるから・・・」


 姉は相変わらずつんとすましており、義母はおろおろするばかり。


 父は顔色を赤黒くして、汗を流して、畳を爪で掻きむしって、今にも悶絶しそう。


(こんな状態を見ても、自分の意思を変えない姉はある意味、凄い)


 私も身内として、いたたまれない。


(姉は昔から、強情さだけは人並外れてあるからなあ)


「でもって、あのしつこい帝がとうとう、別の手段に出たというわけですね。帝が私の入内を進めるために、異常な手段に出たのには、私も反省しておりますわ。私のせいで、椎子が脅し道具に、なんて」


 姉はどんと床を叩いてくやりがり、私は何とも返事が出来なかった。


(宮中に入るのは、私けっこうイヤではないのよね。常盤御膳もいるし、物語も多いって聞くし、都では手に入らない書物に出会えるなら、いっそ宮中に入りたいぐらい)


 でも、どう答えていいのやら、この状況。

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