キャバジョン飯


「無理無理無理無理無理」


 突き出されたタッパーから目を背ける。断っておくと私はグルメじゃないし、どちらかといえばバカ舌だ。でも、本能が食うなと警告している。


「ただの肉じゃがですよ。イツカさん、騙されたと思って、ひとくちだけ」

「嫌だ! まだ死にたくない!」

「頼みますよ。結婚したいんです」


 ヒカルさんは壊滅的に料理が下手だ。どれくらい下手かというと、たったそれだけの欠点で彼氏に振られてしまうレベルだ。

 昨夜、何人目かの男に逃げられ、次の恋愛をする前に弱点を克服しようとをこしらえて持ってきた。もちろん努力は認める、が……。


「だってこれ私の知ってる肉じゃがじゃないよ! スライムみたいじゃん! 緑色だし、なんかキラキラしてるし!」

「具材は全部、煮たら消えました。蒸発しちゃったみたいで。キラキラはアラザンです。アラザンわかります? ほら、手作りバレンタインに乗せるでしょ」 

「緑はなに由来?」

「さあ? 醤油とみりんしかいれてないですけど。遠慮せずどうぞ。変なとこあったらアドバイスしてください」

「イヤアァァ!!!」


 追いかけられ、営業終了したフロアを逃げ回る。着替えを済ませたヒカルさんはスニーカーだ。ハイヒールでは分が悪い。


「危ない危ない。走らないで」


 恥ずかしい。まるでプールサイドの子供のようだ。掃除をしていた黒服の山下さんに注意されてしまった……あ。


「ストップストップ、ね、ヒカルさん、山下さんに食べてもらいなよ。だって掴みたいのは男の胃袋でしょ?」

「確かに」


 ヒカルさんは素直にターゲットを変更した。命拾いした私は、吸い損ねた煙草を味わおうとそそくさとキッチンに戻った。



 フィルターの紙の味はほっとする。平和な一日の締めくくり。毒を持つ魔物から逃れ、生き延びた。

 甘い煙に包まれ、体の力がゆるんでいくのがわかる。眠くなるほどだ。つかの間リラックスして、目を閉じた。



「ああああああ」



 遠くから断末魔が聞こえる。

 夜は森に近付いてはいけない。

 アーメン。

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