葬送のキャバ嬢


 時々、世間から忘れ去られたように誰も来ない夜がある。


「暇ね」


 キッチンでぼうっと煙草を吸っていると、フジコさんが独り言のように呟いた。

 昔、銀座のクラブにいたこのお姉様は、経験豊富な年上の後輩だ。たまにはドレスも着たいという理由で、月一回遠方からやってくる。


「新規のお客さん、運がないですね。せっかくフジコさんいるのにもったいないですよ。指名だってなかなか会えないのに」

「うふふ。優しい子ね。ちょっとこっちきて」


 手招きする長い指に抗えずフラフラと近付いた。フジコさんはポーチから真珠付きのピンを取り出すと、母が子にするような手つきでサクサクと髪にさしてくれた。


「あげる」

「いいんですか?」

「最近、若い子に飴をあげるお婆さんの気持ちが分かるのよ。うふふ」


 百戦錬磨のフジコさんは店の女の子達の憧れだ。しなやかで、つややかで、だけど一本芯がある。たまにしか来ないけれど、みんな話しかけたがって春の女学生のようにモジモジと様子をうかがう。フジコさんはたくさんの視線に気付かないフリで爪を整えたりしてみせる。その所作といったら!


 同伴で来てアフターで帰るから、通勤の私服はいつもお着物だ。あの重くて動きにくそうな布は女ならいつか着てみたいと願わずにはいられない。営業が終わると自分で着付け、真っ赤なルージュをおさえたら「楽しかったわ」と言って誰より先に帰るのだ。


「夏の浴衣イベントのとき、フジコさんのお衣装借りたじゃないですか。着物、また着たいです。髪の毛もちゃんとして」

「別に特別なとき専用ってわけじゃあないのよ。あなたなんか、あたしの着せ替え人形にしちゃうわよ。うふふ」


 遠慮がちなノックが聞こえ、店長が申し訳なさそうに入ってきた。


「やっとキャッチした酔っぱらいに体験入店さんが泣かされちゃった。フジコさん、いける?」

「あら」


 店長がフロアに戻り、フジコさんはコンパクトでさっと口紅を確認した。


「ぎゃふんと言わせたってくださいよ」

「うふふ。地獄を見せてくるわね」


 銀座の女。別格だ。フジコさんは危なげなくヒールを鳴らし、天国の扉を押し開いた。


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