レンの砂漠


 濃く香る白檀が異国へと誘う。

 熱い砂、香辛料、ぬるく甘い水――



「……いいにおい。香水変えました? レンさんオリエンタル系好きですよね」

「学生時代のあだ名がクレオパトラだったのよ。まあ悪口なんだけど、三大美女じゃんと思って気に入っちゃて。背が高いのはどうしようもないし、母譲りの黒髪は意地でも染めたくなかったから自分から寄せにいってやったんだ。いわばその残り香かな」

「お強い」

「女王様とお呼び」


 レンさんは拳を高く突きあげた。


「それじゃ戦士です。民衆を導く系になってますよ」

「じゃあこう?」


 頭のてっぺんを糸で吊ったように直立し、腕を胸の前でクロスさせる。真顔だ。


「えっなんですか?」

「ツタンカーメン」

「いやクレオパトラじゃないんかい」


 芸術点の高い自虐をくらい撃沈した。ロッカーに手をついて息を整えるも笑いすぎてクラクラする――




 ――めまいの向こう側に黄金の砂漠とオアシスの湖が見えてきた。


 魔法のじゅうたんに乗ったレンさんがやってきて大きな扇を一振りし旋風を巻き起こす。


「我が名はクレオパトラ! 敵意など、この美貌で跳ね返す!」

「女王様! 永遠に!」


 砂漠の民の歓声。ラクダやゾウのパレード。家々の窓から流れ出すのは白檀の煙――





 ――更衣室が開いた。胸を張るレンさんと、その足もとにひざまずく私を見て、新人さんは何も言わずにそっと扉を閉めた。

 新鮮な空気が私達を正気に戻す。しまった。怖がらせた。


 ちょっとエジプトが、とか訳の分からない謝罪をしながら更衣室を明け渡した。


 レンさんと目を見合わせる。

 白昼夢。どうやら同じ国にいたようだ。


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