今夜幸せになるクリスマス


「あんた馬鹿だねえ!」


 店内装飾のあまりでキッチンまでクリスマスムード。マイさんはお腹を抱えて笑ってる。私はというとむっつりと足を組み煙草を吹かしている。


 昨日、不審なキャバ嬢がビルに侵入してツリーをぶちまけた挙げ句、蜘蛛に驚いて叫び散らかした珍事件はカレンさんによって周知された。


「ねえみんな聞いてよ。イツカちゃんったら可愛いんだよ」こんな風に、それはそれは楽しそうに。



 カレンさんは辞めない。年明けの長期休暇の理由は車の免許合宿に行く為だった。


 毎晩飲酒する水商売では通いの教習は難しい。急なアフターで酒が抜けなかったり寝坊したりしてカレンさんは一度取得を諦めている。

 ならば思い切って合宿で取ってしまおうという話だったのだ。その後に試験はあるものの合宿自体は上手くいけば二週間で帰ってこれる。

 もちろんエルに戻ってくる。


 昨日店長とカレンさんに両脇を支えられ店のソファに寝かされた私は「まだ心の準備が出来ないよう」とアホのように繰り返し、カレンさんを大いに困惑させた。

 なんとなく状況を察したカレンさんに「わたしが辞めると思ってるの?」と聞かれ時が止まった。


「車の免許を取るんだよ」


 たった一言で、全てを理解したのだった。


「ところでどうしてこんな時間にビルにいるの?」


 その質問には答えられず、忘れ物がどうとか言って誤魔化すとカレンさんはそっと耳元に顔を寄せ「もしかして、お願い事?」と囁いた。返事の代わりに「退職はせめて一ヶ月前に教えてください」と言うと、目を見開いて抱き締めてくれた。

 ツリーの星には願い損なったけど、ライムさんの流れ星が仕事したのだ。




 恥ずかしかったなあと回想しているとキッチンのドアが勢い良く開いた。

 サンタのコスチュームのカレンさんが私とマイさんを呼びにきた。今夜は全員ミニサンタだ。


「すんごい団体が来るよ! 総出だって!」


 やる気満々のカレンさんに続いてキッチンを出た。心なしかマイさんの足取りも軽い。勘違いでも失いかけた繋がりは私達の心を嬉しくする。


 さり気なくクリスマスツリーを見やった。チカチカした電飾がてっぺんの星に反射して光っている。



 世界中のみんなが幸せになりますように。



 遅ればせながら胸の中で祈った。年に一度くらいはこういうのを信じてみるのも面白い。

 人生がちょっぴり鮮やかになるからだ。


 メリークリスマス!


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