1日後に幸せになるクリスマス
気分は完全にトムクルーズだ。
閉店したエル。繁華街が眠りに落ちる頃、私はボディスーツではなくPRADAのコートの襟を立てビルに忍び込んだ。誰もいない真っ暗なビルには非常口の位置を知らせる緑のライトだけがぼんやりと浮かび上がっている。
客と飲みに行くからと送りの車は断った。店長は何の疑いもなく了解した。作戦は順調。ミッションインポッシブル。
ビルにはエレベーターがあるから普段階段を使う事はないし、使ってる人も見た事ない。蛍光灯が切れていて底冷えするような雰囲気があり、お世辞にも素敵な階段とは言えない。
ひとまず最上階までエレベーターで上がり、物置と化してるらしい屋上の踊り場に向かった。
恐る恐る階段を見上げると先はこれ以上無いほどの真っ暗闇。スマホのライトを点灯し、意を決して上った。
「オバケなんてうそさ。マイさんの方が怖いさ」
気を紛らわせるために替え歌を口ずさみながらバーベキューセットや大きな液晶パネルを乗り越え、目的のブツを探す。
「ぎゃあ!」
背の高いマネキンが立っていた。そういえば昔、一階にブティックが入っていたと聞いた事がある。捨てられたマネキンの魂は今も主人を求めてビルを彷徨っているとかいないとか……。
やめやめっ! 無駄にたくましい想像力を断ち切った。気を取り直して再開する。
しばらく物色していると見覚えのある植木鉢があった。インテリアにと代表が買ってきた物を店長が枯らしてしまったのだ。壊れたドレスラックもある。この辺がエルコーナーらしい。重点的に探すと薄汚れた箱が壁にもたれていた。
ライトで照らすと"北欧風!本格クリスマスツリー200センチ電飾付き!"とある。これだ。間違いない。
降り注ぐ埃に何度もくしゃみをしながら箱を引っ張り出した。踊り場は暗いけど廊下まで戻れば電気が付く。箱を抱きかかえるようにして階段を降りた。
施錠されてるのでエルには入れない。入口の前で箱を開いた。飾り付けのオーナメントは出てくるのに肝心の星が出てこない。箱の底を探るべくバラバラのツリーを掴み出した。
組み立て式のツリーは複雑に折り重なっていて元通りに箱に戻すのは無理そうだ。どうせ明日使う物だしと開き直って全部ぶちまけた。
騒音の最後にカランと軽い音が響く。視界の端の見やると金色が転がっていた。
散らばったツリーと飾りはそのままに這い寄った。ようやく見つけた星を手に取って胸に当てる。
頭の中で願いの言葉をまとめていると、店のドアの内側からガチャンと鍵が開く音がして飛び上がった。
とっさに死角に隠れたけど、焦って星を放り出してしまった。
「あれえ? 店長、ツリー出しっぱなしだよ。組み立て途中だし」
「黒服が諦めたかな。これ組み立てるの難しいんだ。とりあえず店の中に入れちゃおう」
店長はバラバラのツリーを抱えて店に引っ込んだ。やっと見つけた星はカレンさんの手によって箱の中に戻されてしまった。開けっぱなしのドアからは2人の話し声が聞こえる。
「店長、話聞いてくれてありがとう。なんとなく自信がついた」
「慣れだよ。まわりとの距離感さえ気を付けてれば大丈夫」
「後は教えてくれる人によるよね。丁寧な人だといいんだけど」
「無理だったらすぐに帰っておいで」
「いいえ、必ずやり遂げます」
なんで楽しそうに笑ってるんだ。
エルの皆と会えなくなってもいいのか。
今年はもう終わる。何も言ってくれないのか。
鼻がつんとして泣きそうになり、とっさに上を向くと天井に大きな蜘蛛が張り付いていた。
「ぎゃああああ!!!!!!」
「何事!?」
「イツカさん!? アフターじゃなかったの!?」
驚いて飛び出してきた二人を前に、腰を抜かしてへたりこんだ私はトゥースのポーズで口をパクパクさせることしか出来なかった。
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