4日後に幸せになるクリスマス


 店長に指名客の来店予定を伝える為に事務所のドアノブに手を掛けた。中からカレンさんの声が聞こえる。

 昨日マイさんにそっとしておくよう釘を刺されたのに、いつもと違う低いトーンの声に行動を留める事が出来なかった。ドアに耳を寄せる。


「――県外は決定かな。この辺じゃ客に会わないとも限らないし。実は前にも挑戦して挫折した事があるんだ。今度こそ頑張るつもり。恥ずかしいから皆には言わないでね」


 分かったよ、という店長の返事に慌ててその場を離れる。キッチンに駆け込んでiQOSを取り出した。

 そうか、カレンさんは、きっと昼職を始めるのだ。それは決して寂しがる事ではない。喜んで送り出すべきだ。



「あれ? あんた事務所に行ったんじゃないの?」


 ヘルプを終えたマイさんが入ってきた。先客ありで、と誤魔化した。マイさんは何か言いたげな顔をしたけれど、差し出したジャスミンハイに黙って口を付けた。


「優しい人ほどふわっと消えちゃいますよね」

「またなんか訳分かんない事考えてるでしょ」

「はい。マイさんはいなくならないでくださいね」

「あたしは別に優しくないからね」



 例えば私が夜職を辞めるのはどんな時かな。少なくとも店に求められるうちは続けたいと思う。カレンさんは誰かに相談したんだろうか。器用な人だから、どんな仕事もそつなくこなすだろう。

 それに夜と決別をするなら一切の関係を断つはずだ。カレンさんはそういう人だ。

 お別れの挨拶を用意すべきなのかもしれない。


 突如フロアで笑い声が爆発した。楽しげな悲鳴は私の思考を遮り、続く言葉達はひと塊になって脳に直接響くようだった。甲高い声はどこか別世界から聞こえてくるようで現実味がまるで感じられない。


 ぼうっとしてたら顔に乾いたおしぼりが飛んできた。マイさんが真顔で私を見ている。


「今あんたに出来るのは繁忙期を乗り切ってカレンの言葉を待つ事だけだよ」


 全くその通りだ。

 マイさんはいつも正しい。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る