5日後に幸せになるクリスマス


 カレンさんが年内で辞めるらしいという噂はあっという間に広まった。当の本人はしれっとしていて、その自然さが逆に怖くて誰も話を聞けないでいた。カレンさんは皆に好かれている。


「マイさん、私店長に聞いちゃったんですよ。年が明けたらしばらく休みたいって言われてるって。これ完全に飛ぶ人の動きですよね? カレンさん本当に辞めちゃうのかな」

「あんたそういうの良くないよ。そっとしといてあげなよ」

「だって心配じゃないですか。みーんな気にしてますよ」

「カレンは馬鹿じゃないし辞めるにしてもうちらに黙っていなくなったりしないよ」


 そうかなあ。キャバ嬢はある日突然消えたりする刹那的な生き物だ。


「てか人の心配してる場合じゃないでしょ。これから忘年会の団体がくるよ。煙草吸ったら待機席に戻ろう」


 子供に言い聞かせるようにそう言われたけど、マイさんだって目は不安そうだった。




 私がエルの新人だった頃、輩の二人組みにカレンさんと着いた事がある。

 席に座った時から嫌な予感はしていた。接客していた客に灰皿交換のタイミングがどうとか難癖を付けられ、カレンさん側の客がそれに乗っかってきた。


 酔っ払い相手に理由無く謝れないうちは半人前だ。分かっていても悔しかった。恥ずかしさを堪えて下げた頭に飲みかけの焼酎をかけられて心が死んだ。

 勢いの付いた客に土下座しろと言われ、無感情に腰を上げた。それで客の気が済むならと膝を折かけた時、むきだしの二の腕を掴まれソファに引き上げられた。


 さっきまで一緒になって謝っていたカレンさんがした事だ。まだきちんと話した事もなかった。

 ヒートアップした客に臆することなく言い放った。


「この子もう謝ったよね? これ以上何して欲しいわけ?」


 ギャンギャン吠え立てる客を放置して私の手を引き更衣室に入った。濡れたドレスのチャックを下ろし、着替えを手伝ってくれた。


「イツカちゃん、だっけ。謝り倒すのは偉いけど、お姉さんとしては土下座は見過ごせないかな。あれをするくらいなら客を殴っていい。自分を大切にしてね」


 慣れた手つきで私の髪を拭き、あのクソ客めと舌打ちをして楽しそうに笑った。カレンさんがそうやって笑うから、私は少しも傷付かなかった。


 小さな物語の始まりだ。


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