ユメミとママと、時々、おとうと
「スマホ忘れた」
「それは痛い」
ロッカーの前に立ち尽くユメミさん。客とキャストを繋ぐ生命線が断たれたのだ。他のものならいくらでも貸せるけどこればっかりはどうしようも出来ない。
「イツカちゃん、一本電話掛けさせてくれない?」
「どうぞどうぞ」
スマホを手渡すとサクサク操作して耳に当てた。すごい。客の番号暗記してるのか。
「――もしもしママ? コウタいる? ――もっし。お姉ちゃんなんだけどさ、スマホ忘れちゃって店に届けてくれないかな? ――よろしくね!」
ありがとうとスマホを返された。返事より先につっこませてもらう。
「弟召喚!?」
「うん。実は前にも化粧ポーチ届けさせたんだ。キャッチの黒服に預けてすぐ帰っちゃうけど」
「こんなギラギラの姉ちゃん見たくないでしょ! むしろ見られていいわけ!?」
「あっ言ってなかったっけ。弟ホスト」
顔より口で売るホストだけどと言って笑った。毎週月曜は小料理屋でバイトしてるらしい。ユメミさんが覚えていたのはそこの番号だったのだ。
「なるほどね。実家に掛けたのかと思ったよ」
「店のママ仲良いんだ。飲み行くと大きくなったね~オムツ替えてあげたのに~って毎回言われる。お母さんの友達なの。」
「へえ! ダブルおかんだ!」
「2人が銀座で働いてる時に知り合ったんだって。お母さんは結婚して水商売上がったけど。ちなみにお父さんは元黒服だよ」
「サラブレッドなんだ! こりゃユメミさん売れるわけだわ」
「スマホ忘れるようなキャバ嬢ですけどね」
弟くんはすぐに来てくれた。引き継いだ黒服が持ってきたのはスマホと重箱だ。煮物やらきんぴらやら、ママさんが仕込んだおかずがぎっしり詰まっている。キッチンに広げられたそれは接客の合間、疲れたスタッフ達を大いに喜ばせた。
小料理屋やってるんだからきっと当然だ。でも、本当に美味しい。絶対に特別な何かが入っている。愛とかいたわりとか、そういうものかもしれない。ユメミさんはこれがうまいのよーと言いながら厚揚げを頬ばった。ただの少女だ。
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