キャバクラブルー


 あの後ろ姿はマイさんだ。

 足元に気を付けて全力徒歩。


「おはようございます。雨やばいですね」

「もう靴びちゃびちゃだよ」


 ビルのエレベーターに乗り込む。狭い箱の中は気持ち的には湿度100%オーバーだ。


「雨って歩いてるだけで疲れますよね」

「もう帰りたい」

「まだ着いてすらないですけどね」


 店に入るとしっとりしたキャバ嬢が大勢いた。年末に向けてそろそろ忙しくなりだす時期だ。雨に負けてる場合ではない。


「なんかどよんとしてますね」

「あんたの顔だってよどんでるよ」


 まじか。低気圧だからかな。


「とりあえず着替えよ。靴脱ぎたい」

「賛成です」


「お姉さん方おはざっすー」


 更衣室にはライムさんがいた。雨すごいねえと言うとこれ見てくださいと足元を指差す。


「ビーサン…!」

「最強っすよ。水たまり突っ込んで来ましたもん。まわりドン引き。あはは」


 たったひとつの太陽みたいなライムさんは着替えを済ませると「なんか顔色悪くないっすか?」と言って私の唇にビビッドオレンジの口紅を塗り込んだ。黒肌には似合いそうだけど。


 これでよしっと満足そうに出て行くライムさんを見送ると、振り向いてマイさんの顔を見た。


「ぶっ!」

「なんですか? 変ですか?」

「こっち見ないで……」


 私は床にうずくまりぷるぷる震えるマイさんを見下ろして困ってしまった。


 よどんだ顔とオレンジリップ、どっちがマシかな?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る