進撃のキャバ嬢


 ロッカーから充電器を取り出そうと更衣室に入る。電気を点けた瞬間ギョッとした。部屋の隅で誰かうずくまっていたのだ。


「わっびっくりしたっ」

「いづがざん……」


 新人だ。名前は確かサヤさん。


「どうしたの? 電気くらい点けなよ」

「わたしにお店の電力消費する権利なんてありません……!」


 うわーんと泣き出した。更衣室の壁は薄い。


「店のキャストなら電気も水道も好きに使って良いんだよ。だから泣き止みなよ」

「もう……消えてしまいたい……!」

「そんな事言わないでよ」


 ぐしゃぐしゃの顔にティッシュを押し付け途方に暮れた。人を慰めるのがあまり得意ではない。


「キッチンいかない? ケトルにお湯残ってたんだ。何か作ってあげる」

「わたしはクズなのに……! 何でそんなに優しいんですか……!」


 感受性が豊かだ。


「サヤさんがクズなら私はカスだよ。風が吹けば先に飛ぶからサヤさんより下だね。似たもの同士仲良くお湯割りでも飲もうよ。ほら立って」


 ぐすぐす言いながらも子鹿のように立ち上がった。偉い。私も調子が良いみたい。


「わたしなんて……わたしなんて……」

「もう分かったから」


 キッチンに押し込むとブランケットで包み座らせた。棚から新しい耐熱グラスを出す。


「サヤさん、梅酒で良い?」

「ありがとうございます……」


 湯気の立つグラスを渡すとふうふうして飲んだ。美味しいと呟きが聞こえホッとする。


「落ち着いた?」

「はい。もう大丈夫です。何があんなに悲しかったのかな」

「疲れてるんだよ」



 溶けたアイラインをぬぐってあげた。目尻に触れた瞬間、思い出の欠片が波のように押し寄せてきた。


 最初に思い出したのは私が初めて勤めたキャバクラだ。右も左も分からず何度も泣いた。ゴミのように扱われた事もあれば、優しくされた事もある。涙の味を酒で流し込む日々。


 時は流れる。記憶のVHSは止まらない。客の怒鳴り声、新しい店、キャストの笑い声とグラスを合わせる音。そしてエルにはいない沢山の顔。


 ふいに水の味が蘇る。ボコボコにヘコまされ、非常階段に座り込む私に差し出されたカルキくさい水道水だ。あれが何よりも美味しかった。慰めてくれたのは誰だっけ。これは一体、いつの記憶だろう?


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