Talking To The Black


 ヘルプを終え、一服しようとキッチンに入ると先客がいた。黒服の山下さんだ。


「イツカさんおつ」

「お疲れ様です」


 灰を弾くと咥え煙草でグラスを掴み、息をするようにウーロンハイを作ってくれた。


「ありがとうございます」

「はいよ」


 山下さんの酒は美味しい。濃さが絶妙なのだ。できる黒服はキャストの顔色を見てアルコールの量を調節してくれる。酒職人だ。


「山下さん確か夜職一筋でしたよね? エルの前どこにいたんですか?」

「ここの系列だよ。もう無いけど。てかそこが潰れてこっちがオープンしたから、ある意味ずっとエルにいる」

「へえ。じゃあ最古参だ」

「本当だよな。いつの間にかこんなんなっちゃったよ」


 山下さんは夜の空気が似合うけど、昼職だったらスポーツ系のアパレル店員とかやってそう。黒服の人生も色々だ。


「そいえばこの前、キャストがやまぴー話しやすいって盛り上がってましたよ」

「そういう事はもっと早く教えてくれよ。世話役として一応聞くだけだけど、誰と誰?」

「教えません」

「イツカさんのお冷や、ロックの焼酎にしてやるからな」


 戯れで冷たく睨まれる。細められた双眸には甘さが無い。

 一瞬固まったと思ったらスイッチが切り替わるように真面目な顔になった。


「――はい。了解」


 インカムだ。店長に呼ばれたのかな。


「団体が来るよ。十五名」

「キャスト回せなくないですか?」

「女の子足りない事はご了承済み」

「ですよね。ベタ付きかあ。あっ山下さんもドレス着て接客したらどうですか?」

「国から止められてんだよ。俺の女装は美しすぎて日本中の男狂わせちまうからさ」

「早く準備してください」


 愉快な黒ずくめはひょいひょいとキッチンを出ていった。

 黒服は店の大黒柱。夜ごと極彩色に揉まれようが、決して染まらない最強の色だ。

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