イツカバックス
営業前。静かなキッチンに青じそドレッシングの爽やかな香りが漂っている。
「ライムさんおはよう。ちゃんと野菜食べてえらいね」
「おはざっす。前の仕事押しちゃって急いで詰め込んでるっす」
「お茶いる?」
「抹茶フラペチーノ、トールサイズ」
「緑茶ハイ、濃いめ。かしこまりました」
レタスをもしゃもしゃしながら焼酎ボトルを指差して首を振る。緑茶をストレートで渡してあげると「んんっんー」と言った。多分「あざっす」だ。
ライムさんは派遣型風俗を掛け持ちしている。
ダブルワークのキャストが勤務前に軽食を取る事は珍しくない。客が入り始めるとまとまった時間が取りにくくなるから、今が最後のチャンスなのだ。
「ふう。ごちそうさま」
「サラダだけ?」
「あんま食べると眠くなるっす」
「そっかそっか」
ライムさんが慣れた手つきでウィンストンに火を付けた。私もiQOSを取り出す。
「掛け持ち大変だね。しんどくならない?」
「慣れたっす。逆に家から出勤する時の方が大変すね。ベッドと仲良いんで」
マイさんが入ってきた。手に何か持っている。
「いたいた。ライム、この前話したつけまつげ持ってきた」
「おー! 見せてください!」
聞けばドレッサーの奥から未使用のつけまつげが大量に出て来たそうだ。趣味が変われば使うアイテムも変わる。捨てるのも勿体なく、久しぶりに付けて出勤したところつけまつげ命のライムさんに目ざとく見付かった。後の話は早かった。
「私にも見せて。可愛い! ライムさん似合うから良いよね。私つけるとアイメイクだけ浮いちゃうんだ」
「まあツケマがあたし本体みたいなとこあるんで。あはは。マイさんあざっす!」
「はいよん」
マイさんが出ていくと「いえーい」とはしゃいで色んなまつげが入ってるお楽しみ袋を覗き込んだ。おもちゃを貰った子供みたいで可愛い。
「お礼どうすっかな。マイさん何喜びますかね」
「絶対なんもいらないって言うと思うけど。あっ気持ちならスタバのギフトカードで良いんじゃない? あの人甘いのはダメだけどコーヒーは飲むし」
ライムさんは指を鳴らした。
「あれ人から貰うとテンション上がるっす。そうします」
「うん。ねえ、そろそろ"抹茶フラペチーノ"いかが?」
「いっちゃいますか!」
乾杯するとお互い一息に飲み干した。素直に胃に落ちきるとグラスの底が丸いロゴと重なる。
ライムさんのウィンストンが灰になると、がやがやと客が入ってくる気配を感じた。
お気に入りのメニューを探すようにたくさんの出会いを楽しんで欲しいと思う。いらっしゃいませ。
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