エルマエロマエ


「暇だねえ」

「もう全員早上がりじゃないですか?」


 年末爆発するエネルギーを溜め込むかのようにこの時期は客足が遠のく。そろそろ仕事で忙しくなる客もいるから私達も積極的に営業しない。

 そんな中ふらりと息抜きに来る客とまったり飲む席はいつもより時間の流れが緩やかに感じられて楽しい。日に日に寒くなるのは辛いけど、私はこの時期が嫌いではない。


「みんなごめん。店閉めるよ」


 キャッチに出ていた黒服の山下さんが申し訳なさそうに伝えに来た。

 キャストによっては終電が間に合うから更衣室は大混雑だ。私とマイさんは送りの車を待つので急がない。ドレスのままiQOSを持って広い客席に移動した。


「なんか働いた気がしないね」

「本当ですよ。寝れるかな」

「遊び行っちゃう?」


 はよ帰りたくない? みたいなテンションで聞かれ思わず二度見。


「マイさんから誘ってくれるなんて珍しい。行きましょ。タクシーで移動してもいいし」

「お風呂屋さんは?」

「風呂!? 遊びって言うからクラブとかカラオケとかかと思いました」

「いいじゃんたまには。あたし知ってる所綺麗だし仮眠室もあるから朝までいられるよ。あんたの好きそうな漫画も沢山ある」

「漫画! マイさんそういう事は先に言ってくださいよ。風呂屋以外あり得ません。送り断ってきます」



 時々なら早上がりもいい。この後どうする? なんてアフターファイブのOLみたいだ。更衣室が空いたのでサラジェシカパーカーみたいにちょっとすまして支度する。向かう先は風呂屋だけど。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る