CATCH MENA IF YOU CAN


「ミーナさんおはようござい、」

「しいっ! しずかにっ!」


 あなたの声の方が大きいよと苦笑いでiQOSを取り出す。キッチンの隅に隠れるミーナさんを不思議に思っていると、見送りのキャストと客が出て行く気配がした。


「帰ったみたいですよ。知り合い?」

「も、と、か、れ」


 実はこういう事はたまにある。

 生活エリアと近い場合は特に。


「それは気まずい」

「しかも全然気付かなくてさ、あたし普通に隣の卓に着いてたんだよ。げって思ったのあいつが帰る直前だよ」

「あぶなっ」

「まあ気付かれてもどうこうなるわけじゃないけどさ。やっぱちょっとね」

「分かります」


 ミーナさんは口の端にデュオを押し込むと客の使用済み灰皿を引き寄せ火を付けた。


「やっぱ地元で働くって無理あるよな」

「移籍考えちゃいます?」

「ないない。あたしだって最初は遠い店で働いてたんだよ。トラブル起こすたんび店変えて、徐々に地元に近付いていった」

「結果帰って来ちゃったんですね」

「最悪だよ。地元なんかくそくらえだったのに一番長く続いてるなんてさ」

「いいじゃないですか。また知り合い来たら呼んでくださいよ。目潰ししますよ」


 腕を伸ばしてピースする。


「まじ頼むよ。あーあ。地元で水商売なんかするもんじゃないよ」


 ミーナさんは半分も吸ってない煙草を捻り消し、キッチンを出て行ってしまった。


 地元。人にどこまでも付き纏うそれは煩わしくも温かく、容易には逃げ切れない響きを持っている。

 キャバクラのキッチンにタンス用の防虫剤が香ったような気がした。


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