one more cats
待機席で知らないキャストが泣き出した。
まだ新人と派遣しか来ておらず皆して私を見てくる。仕方ない。
「どうしたの」
「ううっ」
周りを見渡すと今度は全員下を向いている。
仕方ない、のか?
「体験入店だね。キッチンいこう」
手を取ると素直についてくる。声掛けて欲しかったみたい。そういう気持ちは少し分かる。
「飲める?」
泣き声が小さくなったので中途半端に残っていたオレンジジュースでカクテルを作ってあげた。
「帰りたい?」
慣れない夜更かしは心身を壊すかも分からない。はいと言うか頷けば、私が店長に伝えてあげるつもりで聞いた。
「帰る家が無い」
げえ! 何で泣いてんだよ、仕事じゃねえのかよ。カテイのジジョウってやつだ。聞いちゃったよどうしよう。誰か助けて。
「体入は全額日払いだからホテル代だけ稼いで帰ったら? 私が店長に言ってあげる」
「うえーん」
間違えた。
「ごめんもう無理だよね。お金あげる」
「うわーん」
何故。
次の一手を繰り出そうとした瞬間、キッチンのドアが開き後光が差した。
「イツカちゃんおはよう。あら、体入さん?」
ノノカさん。色白東北美人のザル。
Thanks god I found you.
「ノノカさん、体入が家無くて泣いてます」
「可哀想に。こんばんは、何があったのかしら」
「カレシがクラブにいるの。友達が見かけたって写メ送ってくれて。クリスマスにプレミアのスニーカーが欲しいって言うから頑張ってるのに。アタシがいなきとき、夜遊びしてるんだ」
急に喋る。
えっ家は?
「そう。彼の為に頑張ってるのに辛いわね。あなたのパートナーを喜ばせたい気持ち良く分かるわ。だからひとつだけ聞いても良いかしら。彼女を働かせて裏で遊ぶ男、本当に信用出来るのかしら」
「最低! ヨッチャンのこと何にも知らないくせに! 働かされてなんかないもん! アタシが勝手にやってるだけだもん! 部外者は黙ってろ!」
「ごめんあそばせ」
派遣はキッチンを飛び出すと待機席でむっつりと座り足を組んでしまった。扱いかねた店長はトラブルを起こされてはたまらないと混み出す前に引っ込めた。大人しく帰ったところを見ると満額出したんだろう。
「ノノカさんすみません、仕事で泣いてると思って連れてきちゃったんです。ほんとすみません」
「うふふ。元気な猫ちゃんだったわね。イツカちゃん、謝らなくていいのよ。わたしああいう子、嫌いじゃないの」
「ええ、私は無理です。この後、彼氏と修羅場ですね。別れちゃうかな」
「いいえ。喧嘩の途中でセックスして終わりよ」
ノノカさんは流れるような所作でパーラメントに火を付けた。
「彼氏はどうしてこのタイミングで高価な物が欲しいって言い出したのかしら。あの子の昼職じゃ間に合わないって知ってて言ったんじゃないかしら。不思議ね。どちらかが終わらせない限り、彼は欲しいモノ全て手に入れるわよ。そして彼女には何が残るのかしら。そこに自分で気付くまでは、あの子はいつまでも泣き虫さんのままよ」
二週間後、ノノカさんが営業中に新人教育をしてると思ったらあの体入が指名客として飲みに来ていた。顔の半分を隠すサングラスをしている。
閉店後、ノノカさんに話を聞くとうふふと笑うだけで詳しく教えてくれなかった。
「気の強い猫も可愛いのよ」
聞き出せたのはそれだけだ。
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