落下するキャバ嬢


 キャバ嬢が転ぶ音は直ぐに分かる。

 ハイヒールを履いているので通常より高い位置から膝が落ち、床を低く打ち鳴らす。もれなく悲鳴付きで大体靴がすっ飛んでる。


 マイさんと目を見合わせた。この聞き慣れない声は新人さんだな。キッチンから顔を出すと少女がうずくまっていた。


「大丈夫?」

「いったい……」

「こっちおいで。裸足でいいよ」


 水商売未経験のカナさんだ。腕を貸して立たせるとキッチンのマイさんにパスした。

 えっと靴は……なぜあんな所に。


 キッチンに戻るとマイさんがカナさんの膝に冷たいおしぼりを当てている。可哀想に、今は赤いが、後で青くなるだろう。


「大丈夫?」

「ドレスの裾、自分で踏んだみたいです」

「あるあるだよ。すぐ慣れるよ」

「イツカさんいつもロングですよね。綺麗に歩いてるの見て憧れたんです。でもミニにしとけば良かったかなあ」


 むむっ! 可愛いぞ!

 マイさんが私の顔をチラと見る。


「好きなドレス着た方がいいよ。変えるならむしろ靴じゃない? これ店の貸し出しだよね?」

「ロングドレス買ったらお金無くなっちゃって。靴とバッグはお店の借りてます」

「明らかにサイズが大きいよ。歩きにくいでしょ。靴の中で足が滑るんだよ」


 へえなるほどぉと素直に頷くカナさん。

 サイズを聞くと私と同じくらいだ。

 マイさんの視線が痛い。


「明日いる?」

「明後日います」

「いらない靴あげる」

「え! そんな!」

「いいのいいの。捨てるだけだから。似合いそうなの選んで持ってきてあげる」

「お返し出来ません!」

「いいんだよ。そのうちすっ転ぶ後輩が出来るよ。そしたらカナさんが買ってあげて」

「嬉しい……ありがとうございます!」

「はいよん」


 カナさんは店長に呼ばれ行ってしまった。お相手は常連のおじいちゃんだ。大丈夫だろう。


「あんた」

「あはは」

「あげるのが悪いとは言わないけど行動が早過ぎんのよ。在籍今日からの子でしょ? 続くか分かんないよ?」

「いいんですよ。それより聞きましたか? 私に憧れたって」

「未経験にルブタンは早いよ。新人に歩きにくさの権化みたいな靴履かせて、心折れるよ?」

「どうせなら早くから慣れさせた方がいいんですよ。ねえ、私の歩き方ってそんなに綺麗ですか?」 


 マイさんはため息をつくと待機席に行ってしまった。いいじゃんね。素直な未経験。可愛いじゃん。



 二日後、見繕ったルブタンと共に出勤すると、カナさんは消えてきた。ラックに掛けていた、私のロングドレスと共に。


 おい嘘だろ。天を仰いだ。力が抜けバッグとルブタンの紙袋を落とした。マイさんが入ってくる。


「昨日みんな帰った後、給料取りに来たらしきよ。もうしんどいって。どうしたの?」

「またパクられました」

「置きルブランならそこにある」

「違います。今回はドレスです。二着」

「嘘でしょ」


 だから私の台詞だ。

 カナさん、素朴な顔してやりやがる。


「無いね」

「いいっすよもう。餞別です。あの子はどっかで強いキャバ嬢になるはずです」


 やむを得ずマイさんのドレスを借りた。お気に入りだったのにな。パクられたドレス。

 どこかでカナさんの魅力を引き立ててるに違いない。どうせなら、彼女の膝を守ってくれると良いんだけど。


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