HAIR SALON LIME


「レンさんどうしたんですか!」


 上から下まで濡れてないところが無いって感じだ。


「黒服のトレンチがひっくり返ったの。客も少し濡れたけど、あたしがヤバすぎて逆に心配されちゃった。今黒服と店長が謝り倒してる」

「いいお客さんで良かったですね。ああヘアメイクが」


 レンさんは長くて美しい黒髪の持ち主だ。

 絹のようって言うんだろうか。いつも結ばずに太いコテで色っぽく巻いている。


「そうなんだよ。ドライヤーないから巻き直せないし、かといってこのままじゃ客着けないし」

「もうヘアアイロンで無理矢理ストレートにするしかないんじゃないですか?」

「ああ……あたしのキューティクルが……」

「仕方ないですよ。ていうか風邪引きますよ。煙草吸ってないで先に着替えてくださいよ」

「お母ちゃんがいる」


 客の見送りを終えたライムさんがキッチンに入ってきた。


「レンさんどしたんすか風呂上がりっすか?」


 私にしたのと同じ説明をする。


「げえまじで。髪死にますよ。ねね、あたしに髪いじらせてくださいよ。レンさんの黒髪、ずっと触ってみたかったんすよ」

「やってやって。もう何でも良いよ」


 レンさんが着替えてる間にライムさんがヘアメイクの準備をする。大きなメイクポーチからピンやらゴムやらバームやらが出てくる。


「楽しそうだね」

「元々ヘアメイク目指してたんすよ。下積み中にお局とモメて辞めたっすけど。よくあのキャスト別の髪型の方が似合うのにーとか思って見てます」

「本職がいるとなかなかね」


 エルにはキャストの出勤時間に合わせてサロンから雇った美容師が来る。

 着替えたレンさんが戻ってきた。


「はいはい。座って。いらっしゃいませ。ご希望ございますか?」

「お任せで」

「かしこまりましたあ!」


 ライムさんは嬉しそうだけどちょっと居酒屋の店員ぽい。ブラシでとかすと濡れ髪の表面がツヤツヤ光って見とれる。


「ちょっと下向いて。ちょっとねじるっす。ピン刺しまーす。はい完成」


 長いネイルが良く動く割りに完成形が見えず興味津々だった。出来上がったのは見事な夜会巻きだ。


「ライムさんすごい。こんなの職人技だよ。びっくりした」

「何? あたしどうなってんの?」


 キッチンの隅でやっていたので鏡は無い。スマホで写真を撮り見せてあげるとレンさんは大喜びだった。


「ずっと耳出せばいいのにって思ってたっす。輪郭綺麗だから。ドレスがシンプルになったから大人っぽく仕上げてみました」

「大満足だよ。ありがとう。ヘアメのスタッフだったら永久指名するよ」

「あはは。あざっす」


 夜会巻きバージョンのレンさんは大評判だった。黒服が二度見してたくらいだ。


 さっそく場内指名が入るとまさかの濡れた客だった。まだいたのか。レンさんを見て顔を赤くしている。


「良い仕事したね」

「やっぱいいな。ヘアメ」

「今度あたしもやってよ。てかみんなやって欲しいって言うよ。結局キャバ嬢の事一番分かってるのってキャバ嬢だよ」

「もう! 調子乗るっす!」


 照れたライムさんは待機席に行ってしまった。

 キャバ嬢は人好きが多い。人に何かしてあげて喜んでもらえたら、それだけで天国だ。


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