マイさんの未知なる大陸への挑戦


「おさわり?」


 あたしの名前はマイ。最近ヨガにハマってるしがないキャバ嬢。

 今黒服のやまぴーに相談されているのは、これからあたしが二回転目として着く客の話。

 エルは基本ワンセット三回転。つまり一時間で三人のキャストが交代で着く。今回あたしはその二人目ってわけ。


「そう。今イツカさんが着いてるんだ。一瞬抜けてきてお触りがひどいって。これからミキさん指名の団体が来るから、状況的に回せるのはマイか新人だけ。頼める?」

「おっけ」


 お触りか。待機席の新人を見渡す。クソ客こそガンガン着いて慣れてくべきだと思うが、イツカが言うならよっぽどだろう。膝の裏に香水を吹き付けると客の元へ向かった。


「初めまして。マイです」


 客は果てしない無表情だった。様子見でグラスを拭いていると、おもむろに手が伸びてきた。腕でも胸でもなく、顔に。客の手をぱしっとキャッチする。そのままそっと、自分の膝に置く。


「いたずらっ子の右手さんかな?」


 客の右手を包んでいたあたしの両手に、客の左手が乗ってきた。こういう手遊びがあった気がする。一番下の手をさっと抜き、上の手を叩くような。でもここは公園じゃない。


 意図を探るべく数秒見つめ合うと、客の顔がずいっと寄ってきた。手は押さえつけられていて動かない。とっさに仰け反ると左手が胸に触れ、即座に元の位置に戻った。客に初めて、表情が浮かぶ。ふうん。


「もう。びっくりしました。良かったら一緒に乾杯してもいいですか?」


 おしゃべりする気はないらしい。


 あたしの両手に乗ったままの客の左手が、這うように上がってきた。団体が入りフロア全体が賑やかになったので、他の客はこっちを見ていない。逆に丁度良い。泳がす。


 鎖骨をなぞられ、胸に手を入れられようとした瞬間、逆に客に寄ってやる。ずいっと。驚いた客、固まる。覚悟。


「ねえ、上見て。カメラあるでしょう。録画を確認出来るのはうちだけじゃない、かもしれない」


 客は動かない。


「あんたさっきの女の子も触ったね? あの子の彼氏怖い人だよ。いつもこの辺にいる。交代するとき言いつけるって泣いてたけど、忙しい人だから、事にする前にあたしがあんたの素行を確認しに来たってわけ。で、どうする? 脱いでやっても良いわよ」


 客、ようやく離れる。解放された手をおしぼりで拭いた。


「この卓はもう一回転する。あんたがエレベーターに乗る前にその子から報告がある。それ次第であんたがまたここに来れるか来れないかが決まる。どうして震えてるの? 何も怖い事言ってないわよ。よく考えて、楽しんで。ちゃお」


 下を向く客の膝を跨ぐようにフロアに出て、キッチンでやまぴーを捕まえた。


「ええっマイもギブかよっ」

「チェンジって事で。誰が着いても大丈夫だよ」

「やめろよお前何したんだよ」

「イツカに彼氏がいるって嘘ついただけ。あと次の子いじめたら出禁って匂わせた」

「ならいいけどさ。あっ店長! 五卓のマイさんチェンジです!」


 疲れた。一服する。キッチンからそっと確認すると、小柄な新人さんが身振り手振り一生懸命話しかけてた。客はもはや地蔵だ。ドリンクの一杯くらい出ればいいんだけど。まあ、後は、頑張れ。



 ここは飲みの場だ。お触りなんて日常茶飯事だ。でも、それに慣れてはいけない。諦めてもいけない。

 なぜなら誰かが一度許すと他の子も触れると勘違いされ被害が増えるからだ。さらに他の客に見られれば新たな勘違いを生むかもしれない。そうなったらもう、そこはキャバクラとは言えない。

 店に雇われたキャストなら、丸く収める努力をしつつ抵抗の姿勢を示し続けるべきだ。


 でも、どうしても無理なら、その時はあたしを呼んで欲しい。世界中どこだって駆けつけよう。グラスの酒をかけられようがテーブルを蹴り倒されようがブスと罵られようが、あたしはあなたの盾となり断固として抵抗しよう。その時あなたはキッチンで煙草を吸っていればいい。客に心を踏みにじられる筋合いなんてないんだから。


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