黒服側の罪人


「水野さんクビだって」

「嘘だあ」


 水野さんは教頭先生みたいな雰囲気の黒服だ。真面目。与えられた仕事以上は何もしないが、完璧にこなす。


「何したんですか?」

「売上げ誤魔化してたみたい」


 私の知ってる水野さんのイメージからかけ離れていく。


「何でめくれたんですか?」

「それは知らない。まあ慣れない事したってとこでしょ」

「昨日普通に来てましたけどね」

「サラのバースデーイベントだったからね。あの子、元々水野さんが勧誘した子だし」


 それは優しい、けど。

 

「水野さんもう歳ですよね? 今から新しい店でイチからやり直すのしんどいだろうな。金銭関係は致命的っすね」

「いやいやもう潮時でしょ。夜職上がれっていう代表の無言の圧力だよ。だからサラのバースデーまで居させてもらえたんだと思うよ。普通はすぐクビだよ」


 エルの代表はキャストが店にいる時間にはほとんど現れない。いわゆるオーナーさんだけど正体不明だ。それでも時々スイーツを差し入れしてくれたり、壊れた備品を早々に直してくれたりと何となく人柄は分かる。

 今回の対応も優しさを感じる。マイさんの言葉に納得していると噂のサラさんがキッチンに入ってきた。


「おはようございます」

「サラさんおはよ。そのピアス可愛いね。グラフのダイヤ? 誕プレ?」


 サラさんは何も言わずに微笑んでアセロラ割りを作っている。半分ほど飲むと口を開いた。


「似合いますか? どうしてもこれが欲しかったんです」


 残りを一気に飲んでしまうとお先にと言って待機席に戻っていく。

 マイさんと顔を見合わせる。


「あれって……」

「やめよやめよ。水野さん後悔してないわ、多分」



 昨日黒服が一人消えた。

 キャストに強い輝きを残して。

 それは全然、珍しい話ではない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る