¥ ミッドナイトユウカ ¥


「くそばばあ! ぶっ殺すぞ!」

「てめえは何が出来んだよ!」



 すごい。


「ねえマイさん、ちょっとやばくない?」

「あんた黒服呼んで来な」


 他のキャストに見守られる中おそるおそる待機席を出てキッチンで電話する。黒服兼みんなのパパ役、小峰さんにかけた。


「小峰さん、キャストが揉めてる」

「ユウカと誰?」

「派遣の子」


 うそんと言って小峰さんが笑う。


「結構すごいんだよ。更衣室壊れちゃう」

「ちょっと待ってて」


 任務完了だ。キッチンに来たついでにiQOSを取り出す。表はまだギャアギャアやっている。客が来る前に落ち着けばいいけど。

 それにしても派遣の子、初対面のくせにユウカさんと喧嘩するなんてなかなかだ。普通ぽっと出じゃ相手にすらしてもらえない。もしもうちのユウカさんに勝てたなら、もう自分で店出して全部好きにやった方がいい。


 小峰さんが来たようだ。まずは強制的に引き剥がすだろう。元ボクサーの小峰さんは普段バキバキの筋肉を柔和な笑顔で見事に隠している。


 表で物が壊れる音が聞こえると、キッチンのドアがこれまた壊れる勢いで開いた。

 小峰さんが派遣をヘッドロックして入ってきた。


「あっイツカちゃんごめんね。いいかな?」


 もちろん今すぐ出て行きます。


「はい」

「じゃあお願いね」

「え?」


 小峰さんはユウカさんを沈静化すべく派遣を解放するとさっさと出て行ってしまった。

 やだなあ、こういうのはマイさんの方が得意なんだけどな。派遣は汗と涙で顔に髪の毛を張り付かせ目を真っ赤にして肩で息をしている。グラスに水を入れ差し出すと手を払われてグラスが割れた。なるほど。


「大概にしろよ」


 ギラギラした目で睨まれる。


「派遣だろうが。店の備品を壊すな。あとまわりをビビらせるのを止めろ。そんなにユウカが気に入らないなら待ち伏せでもして後ろから刺せよ。中途半端にキレてんじゃねえ」

「くそばばあ、しんじまえ」

「お前そんなんばっかなんだな」


 私は立ち上がるとキッチンを出た。

 小峰さんにアイコンタクトした時ユウカさんはまだ顔を覆って泣いてたけど、だいぶ落ち着いたみたいだ。


 待機席に戻るとマイさんがお待ちかねだった。


「大丈夫?」

「知らない人に死ねって言われました」


 マイさんが吹き出す。


「あたしはあんたが生きて戻ってきてくれて嬉しいよ」

「あれ今日使い物なんないっすよ。キレ散らかしちゃってもう引っ込みつかないって感じで。もしかしたらやばい奴って印象付けて他店で優遇されてきたのかも」

「派遣は地雷の所以だね。でもうちのユウカ様に手を出すとは」

「ユウカさんぱっと見は天然系ですしね」


 更衣室から小峰さんが出てきた。手には派遣の私物を持っている。そのままキッチンに入ると派遣の叫び声が聞こえた。

 何個目かのグラスが音を立てて割れた後、不意に静かになった。マイさんと目を合わせる。


 先に出て来たのは派遣だった。顔はボロボロだけど私服に着替えすっかり大人しくなっている。出た、小峰マジックだ。

 派遣は後から出て来た小峰さんに背を支えられふらふらと出口へと向かった。


 成り行きを見ていた全員がほっとした刹那、神風が吹いた。ユウカさんの跳び蹴りが炸裂したのだ。派遣は真正面に吹っ飛び幻のようにその場から姿を消した。ドアの内側にはぽかんと突っ立つ小峰さんだけが残された。


「死ね!!!」


 ユウカさんは吐き捨てると音を立ててドアを閉め鍵をかけてしまった。そしてこっちをチラと見ると気まずそうにトイレに駆け込んだ。化粧を綺麗に直したユウカさんは何事も無かったかのように出てきて当たり前のようにその日の職務を全うしたのだった。


 ユウカさんの態度に当てられ誰一人派遣の話をするキャストはいなかった。

 が、この話は都市伝説となりしばらく界隈を賑わせた。らしい。



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