フライ・キャバ嬢・フライ


「イツカさんてなんでロングドレスしか着ないんですか?」


 待機席で話しかけてきたのは新人のアイさんだ。


「落ち着くから」

「せっかくルブタンのハイヒール履いてるんだから、たまにはミニ着ればいいのに。しかもそれ新作ですよね? あんまり目立たなくないですか?」


 可愛いな。そっちの発想か。


「ルブタン好き?」

「嫌いな女の子いませんよう」

「じゃああげる。使ってないやつみんなあげる。来週持ってきてあげるからロッカーの上置いとくよ。そのかわりその薔薇サンダルちょうだい」


 アイさんは慌てて首を振る。なんか動きがアニメみたいだ。


「だめです! ロッカーなんて置いたら一瞬でパクられます! それに全部なんてもらえません! ベビーピンクのフルスタッズのやつがいいです!」


 謙虚なのか図々しいのか分からない。ていうかよく見てるな。


「私の靴パクる子はいないから大丈夫だよ」

「そうかなあ。前の店いじめられて辞めたから、ちょっと不安です。まだキャスト全員会ってないし」

「一旦やめとく?」

「貰いますけど」


 面白! 煙草は吸わないと言うからひとりでキッチンに行った。後ろからマイさんが追いかけてくる。


「めずらしい。あんたが新人の世話焼くなんて」

「違います。靴です」


 経緯を説明した。


「あの子にあげちゃうの」

「別に大丈夫じゃないですか? 脚は綺麗だし。ルブタンていうか派手で名前のある靴が好きなんですよ。きっと」

「そうじゃなくてさ」

「すぐ辞めそう?」

「もう今にも飛びそうじゃん。今日も遅刻してたしさ。この前なんかくわえ煙草で酒作って客にキレられてた」

「えっ煙草吸うんですか?」

「意外でもなくない?」


 そっか。アイさん、そういう感じか。




 次の週の土曜ご希望のルブタンを持って出勤するとアイさんは当然のように消えていた。私の新作ルブタンと共に。

 えーまじかよ。立ち尽くしていると後ろからマイさんに肩を叩かれた。にやにやしてる。


「ほらねだから言ったでしょ」

「靴パクられました」

「はあ? その手に持ってるのはなによ?」

「いやこれをあげようとしたんですけど店に置いといた方のルブタンをパクられました」

「嘘でしょ」


 私の台詞だ。新人、おそるべし。


「まあいいですよ。あの子面白かったし。餞別ということで」

「まあもうどうしようもないしね。あっ」


 靴置き場になってるドレスラックの下を一応探してくれていたマイさんが顔を上げた。


「これあの子のバラサンじゃない?」


 見ればまさしくアイさんの薔薇サンダルだ。アクリルがすっかり曇っていて飾りが花なのかなんなのか判別できない。


「仕方ないよ、今日はこれ履いて仕事しな」


 手を伸ばしかけてはっとした。


「いやいや。自分の靴持ってますから。人にあげようとしたやつだけど」


 マイさんが笑う。全くこの人は。


 私はボロボロのバラサンを一瞥するとキラキラのルブタンに足をねじ込んだ。久しぶりに履いたので生地が固くてつま先が痛んだ。

 ちょうどいい。胸の痛みを紛らわすようにツカツカと歩いてフロアへと向かった。


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