闇に吟ず 1
アスティは椅子に座り、本を読みながら物思いに耽った。
王は今、どのあたりにおいでだろう。預言は、順調に集められているだろうか。
会いたい―――――その思いを押し殺して留守を預かった。そして今、預言を求める者にはとてつもない危険が迫るという話を聞いて、リザレアを出てこうして旅をしている。
セスラスの片腕、ディレムは、
「君が行くと言ったら聞かないのはよくわかっている。陛下もそうだ。その陛下のために君が行くと言うのなら、それはもう止められない」
と言って送り出してくれた。天の部族の長、彼の父親であるヴェクシロイド老は、にこやかに、
「陛下のこともあなたのことも、心配はしておりません。ただ、身体には気をつけて行きなさることだ」
とだけ言った。
自分は参謀だが、政務を執る立場にもいる。本当は国王不在の、その穴を自分で埋めなければならないのに、リザレアを後にしてきてしまったということだ。それについてはディレムは、何も言わなかった。
「……」
夕日が顔を照らす。リザレアではない場所で夕日を見るのは久しぶりだ。そう、あの悲しい戦、砂漠戦争以来だ。
(……)
アスティは胸のなかでそっとあの青年の名を呼んだ。
あの時、マイルフィックと戦った後仮死状態だった自分の前に現れた彼は、セスラスとうまくいっているようだなと言った。ということは、私はあのひとまでも巻き込んでしまったんだ。
「もう終わりですよ」
言われてアスティはハッとした。
顔を上げると、もう夕闇が迫っている。
(たはー……)
(しまった……)
アスティは慌てて立ち上がり、本を元の場所へ返して、ディリエの家へ向かった。
(日暮れまでには戻るって言ったのに……)
つい昔のことを思い出したがために、日はもうとっぷりと暮れてしまっている。
アスティは道を急いだ。
「!?」
と、郊外へ出て、辺りが草原のディリエの家の近くまで来た時のことだ。
向こうから、火の手が上がっている。アスティは嫌な予感がして、さらに走る足を急がせた。
「!」
案の定、燃えていたのはディリエの家だった。しかも、家の前には彼自身が倒れているではないか。
「ディリエ殿っ!」
アスティは走り寄った。
ディリエは、心臓に矢を一本、受けていた。
まだ意識はあった。彼女が抱え上げると、騎士はうっと呻いて瞳を開けた。
「……ティ殿……」
「しっかりして……誰がこんなことを……今……今呪文を」
「いいのです……もう、もういけない……血が……」
アスティは歯噛みした。そうなのだ。出血がひどすぎる。呪文が成功しても、魂が肉体から離れようとしてかなり時間がたってしまえば、どうしようもないのだ。
「それ……それより……---------明日の試合……公……爵……に」
ディリエは息も絶え絶えになって、こうなった経緯を言い始めた。
日が暮れ、そろそろアスティが帰ってくるころかと思った時に、突然家が勢いよく燃え始めたのだという。外に出ると予想した通り、剣を持った人間が五、六人立っているのが見えた。三人を倒したところで突然、左前方から風を切って矢が飛んできたのだという。
「誰が……誰がいったいこんなことを……―――――」
「それは……それは……」
ディリエは喘ぎながらアスティの言葉にこたえた。
「恐らく明日の……試合、の相手の……弟子たち……」
なぜわかったかというと、ディリエ自身がかの鍛練場の者たちと稽古をしたことがあって、その太刀筋がよく似ていたということと、声に聞き覚えがあったと、彼は言った。
それ以外に、なにも置いていない騎士の家を襲撃するような者はおるまい。
「しっかり……しっかり!」
「もう……もうだめです……ああ忘れるところだった……この国、の、水神の……」
「水神!? アクルスの神殿で?」
「そ、そう……そこの……神官の……」
腕の中のディリエが重くなっていく。
「ディリエ殿! ディリエ殿!」
「ファリド、に……」
「ディリエ殿っ!」
しかし次の瞬間、騎士はこときれていた。
アスティは茫然と彼の死に顔を見つめ、指を組ませてから立ち上がった。
怒りに、どうしようもない怒りに瞳を爛々と輝かせ、燃え上がる家の炎を背に、今のアスティを見た者がいたなら、きっと気絶している。
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