迷いの森 3
3
アスティが髪を切って、泣くほど驚き、それを惜しんだのはミルワという仲間だった。 〈幻の光〉という意味だ。名の通り、その金の髪は闇の中でなおにぶく光る。
「どおして切っちゃったわけえっ?」
「え……別に。ちょっと印象を」
「変えなくてもいいじゃないっ。もったいない。おえーんほんとに短くなっちゃってる」
「そんな……もう伸びないわけじゃないんだから」
そんなミルワが、ある日、突然、倒れた。
導師たちの術も効かず薬も薬湯も受け付けず、ついにその幼い身体は、炎がスウと引き込まれるようにしてその脈動を停止した。葬儀の晩、何千人もの仲間たちに見送られ、ミルワは永遠にその眠りについた。
アスティは葬儀が終わったその夜―――――秘かに導師カペルの元へ赴いた。
「アスティ。どうした? こんなに遅く」
「導師さま……」
カペル師はハッとした。その瞳はまた、虚ろな、どうしようもない悲しみに澄んで輝きを失っている。
「原因は……なんなのですか」
「―――――」
口を開きかけてカペル師はとどまった。
言うべきことではないのかもしれない、しかしこの子には聞く権利がある。
「―――――一緒に来なさい」
カペル師はアスティと連れ立って廊下へ出た。師の足取りはまっすぐ、院長室へ向かっている。アスティしばらく部屋の外で待たされ、カペル師にいざなわれて、素直に中に入った。院長オルネスミティニウス・ミランシャーノが待ち受けていた。
「アスティ。よくきた」
「院長さま……」
その、五歳の子供とは思えぬ暗い瞳の輝き。
院長はいつのまにか笑顔が消え失せていくのがわかった。
この子は、ごまかせない。
「……理由を……聞きたいのだと?」
院長もカペル師も、おそらくアスティはうすうす気付いているのではないかと思っていた。あの狩人の若者が死んでから、そう長くはない。だからこそアスティは、知っているのではないか、長い沈黙を破り、今数千年ぶりに可動した、呪われた運命の渦の動きを。「はい……」
「うむ……」
院長は立ち上がってアスティを見た。アスティもひるまず彼を見返す。なんて強い輝きを持つ瞳。なんて真っすぐな、澄んだ光を。
「―――――お前は、引き金となったのだよ」
「引き金……」
「うむ。ミルワは初めからああいう体質だったのだ。眠っていたその本来の性質を、お前の呪われた運命の渦が覚まし、動かしたのだ」
つまり、彼女を死に追いやったのは自分だ。
アスティはうつむいた。泣いてはいけない。これからもずっと、こういうことがあるに違いないのだ。無力な自分がただひとつできる抵抗といえば、渦が巻きおこす悲劇に負けないこと。ただ、それだけ。
(泣いちゃいけない……)
アスティがカペル師の一番弟子となったのは、それから半年後のことだ。
当初他の導師たちはアスティが幼すぎるという理由で、かなり反対をしたらしいのだが、選出した当のカペル師は頑として聞きいれなかったという。
魔法院異例の、最年少の一番弟子の誕生であった。
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