第2話

「ということがあって、妹を今家に置いてるんだ」

 翌日、俺は光にこのことを話していた。変な話が大好物なのだから、食いついてくると確信していた。そして、俺の予想通り、光は俺の話に今までにないくらい食いついてきていた。……変な方向性で、だが。

「はは、なんだそりゃ!中学生を家に連れ帰るとか、そりゃもう誘拐だぜ?」

「うるせえな。本人だって合意の上だ」

「犯罪者はみんなそういうんだよなあ」

「やっぱ一発殴っといたほうがいいか?」

「俺が悪かった、やめてくれ」

 そして、暫く沈黙が続いた後、光が口を開いた。

「しかし、その子が死なないのが能力によるものだとしたら、お前の家系は能力持ちってことになるのかねえ」

「知らねえよ。俺の能力とは別物かも知れないし、大体親も能力者とは限らねえだろ」

「まあ、そりゃそうなんだけどな……。っていうか、その子はなんでそんなに死にたがってんだ?不死身なんて何しても大丈夫なんだから人生最高だろ」

「なーんか、どっかの研究機関に追われてるらしいぜ。前住んでた家には銃持った男が複数人で乗り込んできたとか」

「うへえ、怖すぎだなあ。そりゃ」

 他人事のように返す光に、俺は笑みを浮かべながら言う。

「あんたなら何とかなりそうだけどな」

「いやあ、銃相手はちょっとな」

 こんなことを言っているが、おそらく5人くらいなら相手にできるだけの実力はあるだろう。……まあ、勘なのだが。

「しかし、もし本当に妹だったら好きになれねえよなあ」

「そうだな。シスコンになっちまう……って、いや、別に好きにならねえからな?」

 危うく流れに乗せられかけて、俺は大声で否定する。

「でもよ、その子かわいいんだろ?」

「まあ、そうだな。普通にモテそうだが」

「へえ、そんな可愛い子と同棲って、何も起きないわけねえよなあ?」

「何も起きねえわバカ」

 なぜこの男はそういう方向へもっていこうとするのだろう。……ただ変態なだけか。俺は自分を納得させる。

「これからいつまでこの状態になるかわかんねえんだ。変な気を起こさせようとしないでくれるか?」

「変な気が起きそうだったんだな」

 笑いながら言う上司に俺は本気で殺意を覚えるも、こいつを殺したら俺はニートだ、未来も養えない、と自分を落ち着かせる。

「いやあ、お前の女かあ。一度見てみたいもんだな」

「妹だっつってんだろ殺すぞ」

 そんな会話を続け、やがて自然と会話は終わっていった。

「ところで、今日の仕事は?」

「仕事?ああ、ないぞ。暇だったから呼び出しただけだ」

「……そんなことだろうと思った……」

 俺はため息をついて、

「それじゃあ、もう帰るぞ?」

「ああ、おつかれ」

「何もしてないけどな」

 最後までそんな軽口をたたきながら事務所を出る。今日は飲みの予定もないから、さっさと帰ろう。そう思った俺は少し速足で帰路を辿る。心の奥底では、未来が一人で家にいることを心配している自分も居たのだろうが。そしてよく行くコンビニでいつものように夕食を調達する。俺は自炊をしない。別に金に困っているわけでもないし、料理が得意でもないからだ。だからこそ、俺は毎日コンビニ弁当を吟味し、その日の夕食を決めているのである。今日は未来の分もあるから、と思いおにぎり弁当を2つ購入した。一人暮らしを始めてから、俺は毎日ここで夕食を購入している。だから、コンビニの店員とはすっかり顔見知りになっていた。もっとも、バイトの店員は顔見知りでも態度を変えることは滅多にない。しかし、店長だとかの、その店で長く働いている店員からは完全に顔を覚えられている。そして、今日は俺がここに通い始めた頃からずっといる中年女性の店員だった。

「あれ、今日は2つ?」

「ええ、まあ……」

 無視するのも気まずいので、俺はいつも適当に返事をする。毎回毎回無愛想な返事で返しているというのに、ここの店員はよく話しかけてくる。

「アレかしら?彼女さんとか……」

「いえ、友人が来てるだけです」

「あらそう。楽しんでねぇ」

 俺は適当な嘘を吐く。それでも、店員はあたたかい笑顔を見せながら商品を手渡してくる。俺は複雑な感情になりながら足早にコンビニを出る。帰る途中も、未来についてずっと考えていたのは言うまでもないだろう。やましいことではなく、単純な疑問だ。一体、彼女は何者なのか……。そんな事を考えながら歩いていると、あっという間に家についていた。実際は十数分は歩いていたのだろうが、体感時間は1分にも満たないような、そんな感覚だ。自分の部屋の前に立ち、ポケットからカギを取り出したところで俺は気付く。

「今日から……家ん中に人がいるんだよな……」

 鍵穴に鍵を差し込み、回す。そしてドアを開け、

「……ただいま」

小さな声で、呟くように言う。その瞬間、キッチンに繋がる扉が勢いよく開いて、

「おかえり、お兄ちゃん!」

出てきたのは、エプロン姿でお玉を持った未来だった。

「だから、その呼び方はやめろって……」

靴を脱ぎながら呆れ声で言う。

「晩ご飯できてるから、早く準備してよね」

「えっ、は?」

 未来の言葉に、俺は素っ頓狂な声を出してしまう。

「ちょっと何驚いてんの。私が料理できなそうに見えた?」

「いや……その……自炊って発想がなかった……」

 頭を描きながら言う俺に、未来は目を丸くして、

「えっ、じゃあ今まで何食べてたの!?」

「いや、コンビニ弁当とか……」

「駄目だよ!毎日そんなんじゃ不健康すぎ!」

「いやでも俺料理とかできねえし……」

「今日からは私が作るから、買ってこなくていいよ」

「……わかった」

 しぶしぶ俺は承諾する。

 そして俺たちは食卓に集まっていた。思えば、木々野以外のやつと飯を食うなんていつぶりだろうか。

「いただきます」

 そう言ってから、俺は料理を口に運ぶ。そして、その料理を口に入れて……俺は思わず目を見開いた。

「……うまい」

 最初に出た言葉は、それだった。正直、彼女の生い立ちを考えた上で、あまり期待はしていなかったのだが……。だからこそ、余計においしく感じたのかもしれない。コンビニ弁当など比にならなかった。

「おっ!おいしい?」

 こちらに身を乗り出してくる未来。

「ああ。かなりうまいよ、これ」

「よかったー。ちょっと不安だったんだよね。コンビニのほうがうまいなんて言われたらどうしようかと」

 そう言って笑う未来に、かわいいなあ、とそんなことを考えながら俺はゆっくりと夕食を食べるのだった。


「篠崎未来……か」

 暗い部屋で俺は一人呟く。時刻は二時。未来はもう寝たころだ。俺は自室のベッドの上で仰向けになっていた。俺もいつもは日付が変わる前に寝るのだが、今日は寝られなかった。だからこそ、こうして一人で考え事をしているのだ。あいつは俺の妹……。あの言葉を信じるならば、今の生活は別に何の問題もない事になる。だがもしあれが嘘ならば……

「俺は犯罪者だよなあ……」

 中学生を家に連れ帰って同棲なんて犯罪者でしかない。しかし、兄妹だとすればあらゆる辻褄が合う。例えば、俺と未来だけがこのよくわからない能力を持っている点。多少こじつけではあるかも知れないが、そういう家系だといえば一応納得はできる。

「一回DNA鑑定でもしてみるかねえ……」

 俺は寝返りを打って横向きになる。その時、リビングのほうから足音がした。一瞬警戒態勢を取ったが、その音は地面と素足が擦れる音であることに俺はすぐに気付いた。だとしたら、音の主は未来以外ありえない。俺は再び目を閉じ、眠りにつこうとする。その瞬間だった。

 ガチャッという音がした。小さい音ではあったが、明らかにドアノブが捻られた音だ。寝たふりをしてしばらく待っていると、

「もう寝ちゃった?」

と、小さな声で言うのが聞こえた。

 起きているのがバレたら面倒なことになると思った俺は、このまま寝たふりをしてやり過ごそうとする。

「寝てるのかな……?」

 未来の声とともに、こちらへ近付いてくる足音が聞こえる。そして……ぽふつという音とともに、俺の背中に未来の背中が当たる感触がする。

「待て待て!」

 俺は飛び起きて叫ぶ。

「何さらっと添い寝しようとしてんだお前は!」

「えっ、ダメだった?」

 きょとんとしている未来を横目に、俺は部屋の電気を点ける。そして、お互いの顔が認識できる状態になってから、俺は再び話し始める。

「というか、さっきお互い自分の部屋で寝るって言ったんだから、ちゃんと自分の部屋で寝てくれ。な?」

 俺のその言葉に、未来は俯いて黙り込んでしまう。しまった、言い過ぎたかなと思い謝ろうとしたとき、未来が口を開いた。

「ちょっと……怖くなって。一人でいると、またあいつらが来るんじゃないかって」

「……」

 あいつら、というのは恐らく研究所の諜報員を指しているのだろう。よく考えれば、彼女もただの中学生だ。孤児院を出てすぐに謎の研究機関に連れていかれた。やっとの思いで逃げ切ったと思ったら家に諜報員が来た。こんな過去を持っていては、一人になるのが怖いのも頷ける。だが、それでも……

「言いたいことはわかるが、流石に添い寝は駄目だ。俺は下に布団敷いて寝るから、お前はベッドで寝たらいい」

「うん、わかった。ありがとう」

 それから、俺は未来の部屋から布団を持ってきた。布団、といってもベッドの上に置いてあるマットレスごと持ってきただけなのだが。その後、未来がベッドに入ったのを確認し、俺は再び電気を消した。

 そうして、彼女の顔が見えない状態になってから俺は静かに告げる。

「……もっとも、そんな奴らが来たら全員追い返してやるけどな」

「でも、お兄ちゃんが相手したら、追い返すじゃ済まなそうだけどね」

「……そう……だな」

 俺の、この能力。今まで金持ちの道具にしかならなかった、この力。それが、誰かの役に立つかもしれない……。俺は、少しだけ喜びを感じながら眠りにつくのだった。

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