第1話
その日も、俺は事務所で依頼を受けていた。
「今日のターゲットは?」
「大手企業の社長候補。依頼人は、そいつと新社長の座を争ってる男だ」
目の前にいるその男は俺に一枚の紙を手渡しながら、仕事の内容を告げる。この男は七星光。常に胡散臭い、俺の上司に当たる人物だ。孤児院で俺を拾って殺し屋に育て上げた養親でもある。依頼を受けて俺に回す、一番楽な役職である。
「……なるほどねえ」
手渡された紙には国内最大級の超大手企業の名前が書かれていた。本社はここから近いため、今日中には終わらせられるだろう。
「……不思議だな」
俺は呟く。
「こんな方法で社長になったって、それをキープするのは不可能に近い。そんなこともわかってねえのかね」
「ま、そうだな。お前の言うことは正しいよ。だけど、世の中にはそれすらもわからない人間もいるってことだ」
「社員がかわいそうだよな、こりゃあ」
「……お前、毎回そんなこと言って、結局仕事はしてくるよな」
光は、呆れたような顔をしながら俺にそんなことを言ってくる。
「まあ、そうだな。仕事だし。で、報酬は?」
「うーん、六万でどうだ?」
「相変わらずクソがつくほどのブラック企業だな」
俺は嘆息しながら言う。そう、この男が提示する報酬は五から十万程度。人を殺すという人生を懸けた仕事に対して、あまりにも割に合っていない。
「お前の能力があれば逮捕されることは百パーないんだから、こんなもんだろ。大体うちは企業でも何でもないんでな」
「まあ……な」
俺は言葉に詰まった。正直、反論できない。一から十まで、こいつの言う通りだった。
「それに」
光は付け加える。
「お前の仕事は月に十件程度。一回五万でも月収は五十万だ。大学生なら十分すぎるくらいだろ」
「悪かったよ。そんなにカリカリすんなって」
俺は苦笑しながら言う。
「しかし、なんでこういう依頼って尽きないんだろうな」
「というと?」
「こんなことを依頼できる金持ちなんてほんの一握りのはずだ。だというのに、何人殺しても依頼が尽きることはない。みんなこんなに人を殺したいもんかねえと思ってさ」
「所詮人間社会。皆こんなもんさ」
「そういうもんかね……」
俺は小さなため息を漏らしてから、立ち上がって告げる。
「それじゃあ、そろそろ行くぞ?」
「ああ、頼んだぞ」
「おう、じゃあな」
手をぷらぷらと振りながら、扉へ向かう。そして、事務所から出て歩き始める。俺は、受けた仕事はさっさと終わらせる主義だ。すぐに仕事へ向かえば、大体昼頃には終わる。そうすれば、午後は趣味の読書に時間を使えるというわけだ。
その日の仕事は、一時間ほどで終わった。現在進行系で社長の座を取り合っているやつだ。さすがにそう簡単に会うことはできず、少し手間取ってしまった。だが無事にターゲットを視界に捉えることに成功し、殺すことができた。視界に捉えるだけで殺せるのだから、凶器や銃器を使う必要もない。故に、俺が犯人である証拠は絶対に残らないのだ。
こんなに簡単な仕事、世の中にそうそうあるものではないだろうなと、いつも俺はそんな事を考えてしまう。そしてその度に自分に言い聞かせていることがある。
この力は生まれ持って得たもの。いわば才能だ。絵を描く才能があるやつや、物語を書く才能があるやつがいるように、俺の個の力もまた、一つの才能にすぎないのだ。だったら、死ぬまで俺の力としてこき使ってやろうと、そんな言い訳だ。
誰かに責められているわけでもないのに、勝手に心のなかで謎の言い訳を繰り返す自分自身にはつくづく嫌気が差す。そんな毎日を送るだけの生活が、もう何年か続いていた。
そしてその晩、俺は大学の友人と二人で酒を楽しんでいた。友人の名は木々野 葉介。現在ものすごい勢いで成長を続けている木々野コーポレーションの創設者だ。俺と同じ孤児院の出でありながらここまで出世したのは、彼自身の能力が高かったからだろう。勤勉な性格な上に自頭もよかった彼は、院に居た頃からみるみるスピードで賢くなっていった。そして、学力では常にトップを走る、みんなの憧れとなっていた。しかも、それだけではない。持ち前の高いコミュニケーション能力で友人も多かった。世渡り上手、というやつなのだろう。俺とは真反対の、完璧超人だ。はっきり言って、なんで俺なんかと関わりを持っているのかわからないくらいだ。
「お前、最近単位大丈夫なのかあ?講義にもあんま出てねえだろ」
「問題ないよ。社長というこの肩書きさえあれば、ね」
「お前ってちょっとずるいとこあるよな」
「君に言われたくはないかな?」
「言ったな!?コノヤロー!」
俺は笑いながら葉介の皿から唐揚げを掻っ攫う。
「ああ!それは僕がわざと残しておいた……!」
「うるせー、無防備なのが悪いんだ!ハハハ!」
俺が日常の中で笑えるのは、こいつと呑んでいる時間だけだ。だからこそ、友達という存在の大切さを身にしみて実感している。しかし、だ。能力のことはまだ打ち明けていないし、これからも打ち明けるつもりはない。まして、殺し屋として生きているなんて、口が裂けても言えない。もしそれを打ち明けるときがあれば、それはこいつと一切の関係を切るときだ。まあ、そんなことはないようにしたいものだが……。なんせ、俺が友達と呼べるような存在は、こいつ以外に居ないのだから。
「そういや、こないだ発売したあの小説読んだか?」
俺は話を切り出す。こいつも俺と同様に大の小説好きだ。有名どころはもちろん、マイナーな作者も押さえているほどだ。
「いや、まだ読み切ってはないよ。まだ半分くらいだ」
「おお、そうか。じゃあネタバレできるな」
「一発殴ったほうがいいかな?」
あまりに素早いツッコミに少しビビりつつも、それを隠して話を進める。
「しかしお前、経営と学業両立してて更に本も読んでるとか、時間停止でもできんのか?」
「あと、それに追加でゲームもやってるよ」
「なるほど、つまりお前は能力者……と。俺以外にも能力者がいるとは思ってなかったな」
手を右目に当て、いかにも冗談っぽい言い方をする。葉介も直ぐにノッてきて、
「そうか……お前も能力者だったの/か……。奇遇だな、こんなところで巡り合わせるなんて」
と、手を右目に当てて低い声で言う。やってることは完全に中学生である。もっとも、俺は本当に能力者なわけだが……。
「でもさ、君だって僕の心配ばかりしてられないんじゃないの?」
「……どういうことだ」
「就職、だよ。当てはあるのかい?」
「まあ、な。それなりには……」
もちろん、嘘である。今の仕事以外に、全く当てはない。しかし、葉介はそんな俺の嘘をしっかりと見破ってきた。
「もし困ってるなら、うちに入りなよ。君ほど優秀な人物はなかなか出会えないからね」
「優秀なんかじゃねえよ。少なくともお前よりはな」
「またそうやって……。君はもう少し自信を持ったほうがいいよ」
「自信、ねえ」
俺は首をかしげる。自信は、ある。ただし、それはこの能力に対するものであって、俺自身に対するものではない。だからこそ、俺はためらっているのだ。俺が、こいつの障害になることは避けなければならない。こいつは俺と違って将来有望な人間だから、だ。俺がこいつの邪魔になるようなことは、決してあってはならないのだ。
その後、二時間ほど雑談を続けた後、
「それじゃあ、またね」
「おう、いつかはわかんねえけどな」
「はは、たしかにそうだ」
最後まで軽口をたたき合いながら、俺達は帰路についた。そして、暗い路地を十数分歩いた時だった。もう少しで自宅のアパートに着くというところで、俺はアパートの前に誰かが立っているのに気付いた。近づくと、より一層はっきり見えた。その”誰か”は銀髪の少女で、年齢は中学生くらいに見える。綺麗な髪が街灯の光に反射してキラキラと輝いていた。真っ暗な路地の中で、その少女だけが一際目立って見えた。普通の人間なら確実に声をかけて家に連れ帰っているだろう。ただ、俺はそんなことはしない。そもそも、こんな時間にこんな場所で突っ立ってるなんて普通じゃない。正直面倒ごとに巻き込まれるのは御免だ。それに、俺は他人と関わるのが好きじゃない。そう考えた俺は、完全スルーして横を通り抜けようとした。しかし、だ。
「ちょっと、」
突然、話しかけられた。
「君、篠崎薩人でしょ」
「……?」
俺は黙って少女を見ていたが、直ぐに何もなかったかのように歩き出した。しかし、
「あ、ちょっと。見て見ぬふりは駄目だよ」
と、上着の裾を引っ張られ逆戻りしてしまう。あまりに強く引っ張られたため後ろにこけてしまいそうになった。
「ねえ、私のこと、知ってる?」
突然そんなことを聞かれ、俺は戸惑いながらも
「知るわけねえだろ、初対面だぞ」
と、吐き捨てるように答える。
「そう、じゃあ覚えておいて。私は篠崎未来。あなたの、妹だよ」
突然自己紹介を始める少女。いや、そんなことよりだ。妹だと?俺は一人っ子のはずだ。そもそも、俺は孤児院の出。本当に妹だったとしても、俺にとっては全くの無関係。他人以外の何者でもない。
「わかったわかった。満足したら、親のところへ帰れよ」
俺は嘆息しながら答え、再び歩き出そうとする。しかし、篠崎未来と名乗った少女は俺の上着の裾を離すことなく呼び止める。
「ちょっと待ってよ。お兄ちゃんに頼みがあるんだって」
頼み?「お兄ちゃん」というワードは引っかかるが、俺は振り返って問う。
「頼みって、なんだ」
彼女は、どこか寂しげな表情を浮かべながら答えた。
「私を……殺してほしいの」
「殺してほしい?」
その予想外の声に、俺は思わず繰り返してしまった。
「そう。お兄ちゃんが持ってる、その能力でね」
「能力のことも知ってるのか……」
もうこれは、こいつの言うことを信じざるを得ないようだ。なぜ俺の事を知ってるのかだとか、いろいろ気になるところはあるが。というか、なぜこいつはわざわざ俺の能力で死のうとしているのだろう。別にただ死にたいだけなら、幾らでも方法はあるのにだ。
そんな俺の考えをわかっているように、彼女は話し始めた。
「私はね、死ねないんだよ。どうやっても。そういう体に生まれちゃったんだ」
「死ねない……か」
正直、こいつと話すのが面倒くさくなっていた。入ってくる情報が多すぎる。こいつを殺せば、この意味のない問答も終わる。そう思った俺は、その言葉を口にした。
「いいよ、殺してやろう。この能力は絶対だからな。不死だろうが何だろうが、殺せるはずだ」
少女は微笑んで、
「ありがとう」
と、それだけ告げる。そして、両手を広げ、目をつぶる。
そして、俺はその、篠崎未来に向かって能力を使う。彼女がなぜ死にたがっていたのか。なぜ今まで死ねなかったのか。本当に……俺の妹だったのか。そんなことは知る由もなかった。そして彼女は息絶え、地に倒れこむ……はずだった。
「……!?」
少女は……変わらずそこに立っていた。俺は確かに能力を使った。それに、この能力が不発だったことなど一度もない。だからこそ……俺は声が出せなかった。
「やっぱり、だめなんだね……」
少女は俯いて暗い声でそう呟く。そして、くるりと俺に背を向け、その場から立ち去ろうとした。そんな少女の肩を、俺は掴んで言う。
「待て」
少女は怪訝そうな顔をしながら振り返る。
「何?お兄ちゃんじゃ、私を殺せなかったじゃん」
「俺に……殺せないわけがない。殺しは俺の本業、そして……天職だ。だからこそ、お前も……必ず殺してやる」
篠崎未来は暫く黙った後、口を開いた。
「だったら、信じるよ。お兄ちゃんがきっと、私を殺してくれるって」
その表情は、微笑みとも苦笑ともとれる微妙なものだったが、そんな彼女に対し、俺ははっきりと宣言する。
「ああ、約束だ」
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