趣味か本気か

 暗転する。開始の時間だ。ステージにスポットライトが当たる。照らし出されたのは白いスーツに七色のヒラヒラをつけた、フォーマルなサイケデリックファッションの男性。アフロヘアーに大きなサングラスをしてちょび髭を生やしている。直立不動でマイクを構えている。

「スイッチが入ります」と音響からメカな声が流れ、ビートが鳴る。男性はそれに合わせて短いダンスを踊る。踊りの終わりと同時にビートが終了した。踊り終えたポーズのまま首だけを客席に向ける。

「電源入りました」

 会場から控えめな笑いが起きる。

「MCの『おにぎり』です。頭が海苔みたいでしょ? え? そんなでかいおにぎりない? 大丈夫です。僕のはギネス認定されているんで。みなさんの目の前に世界一が立っているんですよ。これを食べるのももちろん世界一の大食い。僕はなくなってしまうのか、それとも、食べ残されるのか。……さて、食べ物の話はこの辺にして、僕が何番目に出るか、気になりますよね? こんな服だもの、きっと古き良きロックをしそうでしょ? うん。出ません。おにぎり、司会に徹します」

 会場の雰囲気はおにぎりの駄弁を柔らかく受け入れている。ときどき笑いも起きる。

「僕もドラムを叩くんですけどね、いつもは。今日は違う。何が違うってライヴの目的がある。そう! 今日は新入生歓迎ライヴです。僕の精一杯の歓迎は、こうやって会場を暖かくすること。うん。十分に暖かい。では、最初のひと組、『タッパーウエアズ』、どうぞ! 拍手!」

 おにぎりの呼び掛けに応じて会場から拍手が沸く。人が多くないから少し寂しいけど、誰もが歓迎している音。ステージの右側から楽器を持った五人が登壇して位置に着く。マイクの高さを調整したら、ヴォーカルらしき男性が「あ、あ」とマイクテストをする。つまらないテストだ。スタンバイをしたバンドから伝わって来る気配が平坦で、世界観が流れて来ない。あまり期待は出来なそうだ。

「『タッパーウエアズ』です。三曲やります。タッパーだから中身が空、じゃなくて、何でも容れられる。そう言うことです。一曲目は『ジャストフィット』の名曲、『クレッセント』」

 知っている曲だ。と言うよりヒット曲で、気怠いリフとサビのメロディが忘れさせない力を持っている。

 タッパーウエアズは上手に演奏する。でも、それだけで、原曲の迫力は再現出来てないし、超えられてもいない。サビはいい。声も曲調と合っている。だけど、コピーでしかない。練習にそれをするのは意味があると思うけど、発表するのはどうなのだろう。いや、クラシックではそれは当たり前だ。私が問いたいのは、上手なコピーと下手なオリジナルだったらどっちが価値があるかと言うことかも知れない。比較対象はジャストフィットではなく、私なのだ。私があの場所に立って演奏するなら、どう言う意味を持つのだろうか。……やはり発表だ。それは発表する価値がある程の作品なのか。上手なコピーよりもいまいちなものなのか。私はあそこに立ちたいのか。発表をしたいのか。曲が終わる。

「次です。『ハッピーファミリープロジェクト』で『ベンチ』」

 これも知っている。アップテンポなのにのんびりした印象の曲。曲の最後のコーダの部分が刻む感じで好き。

 演奏は上々で、ミスらしいミスもない。……元の歌があって、アレンジをしてないから、自由がない。型に嵌めていく感じ。置きに行っている。だから躍動感がない。やっぱり自分で作る方がいいんじゃないのか。私は正しいことをしているんじゃないのか。でもそう言うことだって、発表してみなけりゃ分からない。誰かに届かせると言う点においては、オリジナルで発表しない私より、コピーで発表しているタッパーウエアズの方が、向き合っている。実行している。私は足りてないように思う。知らない誰かに届かせることについて、ちゃんとやり合ってない。目の前のコピーバンドよりも。曲がコーダに入り、そこをしっかり聴いて、曲の終わりに一緒に導かれる。

「最後の曲は『半夏厚朴湯』で『アケルヒ』」

 ……好きな曲だ。選曲についてはタッパーウエアズとは好みが合いそうだ。ちょっとタルい印象だけど、それが陽が昇るイメージとリンクして、いい。

 タッパーウエアズのスタンスが分かって来た。曲を作るとか掘り下げるとかではなくて、曲のファンなのだ。ファンだからコピーをする。コピーしたものを見せたい。それは自分の曲に対する愛を見せることだから。同じものを好きになってくれますか? そう言うことなんだ。届けたいものがそもそも違う。届けることの意味も違う。私からスッと力が抜ける。抜けてみて自分が構えていたと知る。ステージでは「明ける陽」が「開ける日」に変わったところで、ベースが疾走している。タッパーウエアズが大好きな音の塊を全身で受けたら、コピーも悪くないな、体にこびり付いていた穿った姿勢が抜けた。

「ありがとうございました。『タッパーウエアズ』でした」

 会場から拍手が鳴り、バンドは一礼してステージを降りて行った。横を見ると、英太は鼻息荒く目を見開いている。その興奮を大切にしたくて声をかけない。ステージにおにぎりが現れる。

「はい。『タッパーウエアズ』でした。いい選曲でしたね。僕も『アケルヒ』は大好きです。さあ、次のバンドは『三年D組』。どうぞ。拍手!」

 今度は男性四人組。パンフレットによると、この後五組目までは全部コピーバンドで、最後の二組がオリジナル曲を演るらしい。

 三年D組は「メロコアの暴れ馬、『rain89』をやります」と宣言してから四曲連続で演奏した。

 下手だった。でもあまり気にならなかった。私は楽な気持ちで、その演奏の中のいいところを探して、吸収しようとすることが出来ていた。知らないバンドだったし、あまり聴かないジャンルだし、面白かった。四曲を終えたら最後に「僕達は高校時代に全員が三年D組だったのでこのバンド名にしました」と言ったところで起きた拍手が一番大きかった。

 英太のことは見なかった。私達は二人だけど、一人が二つある形でライヴと向き合うのがちょうどいい。

 おにぎりは一定のテンションで司会をしてゆく。三組目「北京鞭毛」、四組目「らんちゅうマット」、五組目「肋骨ず」が終わった。「らんちゅうマット」では健二がギターを弾いていた。知っている曲も、知らない曲も楽な姿勢で受け止める。自分の音楽の糧になりそうなところを記銘していく。でも次からは違う。

――先生についてピアノを習うのは高校二年でやめた。受験もあったけど、やりたい音楽がクラシックじゃなくなったことも要因だった。

 自己流のピアノを弾くようになって二年後、楽譜を買いに初めての店に行った。

 おじさんが一人でやっていた。

 私は探している楽譜が見付けられなくて、おじさんに声をかけた。

「『ニトラゼパム』の『ドレス』はありますか?」

 おじさんは顔を斜めに上げて、人工的に上からの目線を作る。

「趣味? プロ目指してる?」

 唐突に言われて、私は固まって、答えることが出来なかった。おじさんは動かない私を鼻で笑う。

「趣味ね」

 私が黙っていることを無視して話を進める。

「その楽譜ならあそこにあるから」

 胸の中に黒い塊を押し入れられた。楽譜は欲しかったから買ったが、二度と来るものか。おじさんが汚い塊にしか見えなかった。

 帰り道にその楽譜を捨てようと何度も構えた。だが結局捨てずに、家に帰って弾いた。

 おじさんは無礼で最低だと今も思うが、本気なのか趣味なのかと言う差は存在する、それが今日よく分かった。だがそれは本人の中にあるべきものだから、決して人に問うてはならない。「らんちゅうマット」のヴォーカルが「いずれは自分達の曲を作りたいです」と自ら言うのはいい。でもこちらから「ずっとコピーするの?」とは訊いてはいけない。その答えに何の責任も取れないならなおさらだ。

 私はプロを目指している訳じゃないけど、趣味でやっている人達と同じじゃないと思う。だとしたら、やっぱり表に出すことが必要なのかも知れない。

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